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「心が震えた」私の高校柔道部物語

立川談笑

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NIKKEI STYLE

この連載は私と弟子とが交代でつづるエッセーです。高座では、落語本編に入る前にちょっとした雑談みたいなものをお話します。頭に添えるから「マクラ」。そんな感じでしゃべるつもりで書いています。気楽に読み流して下さい。

きょうはわりと恥ずかしい話。私の、高校時代の部活の思い出です。

題して、柔道部物語!

公立中学では柔道部に所属していました。高校受験の末に進学した先は、都内にある私立海城学園。今では中高一貫校ですが、昔も今も、どっぷりと男子高。そしてまぎれもない進学校。ただし、部活動にも熱心な学校でした。私は、「もう柔道部は辛いからよそう」と中学で懲りていたつもりでしたが、やっぱり同じ柔道部に入部してしまったのです。

「まさかこれほどつらいとは」

その柔道部。いざ練習に参加してみると、進学校とは思えないくらい圧倒的に体育会系。柔軟や筋力トレーニングがハードで念入りなので、連日ボロ雑巾のようになるほど体力を消耗するし、技術的にも立ち技だけでなく、絞め技・関節技もバリエーションが豊富になっていきます。柔道のイメージが私の中でスポーツから格闘技に変わった気がしました。それでも、柔道場の施設も充実していて、新入生なりの漠然とした不安がありつつも同時にワクワクしていたのを覚えています。

夕方、部活を終えての帰り道は、充実感と解放感に満ちた楽しいひとときでした。ずいぶんな強度で痛めつけた身体を重く引きずりつつ、早くもいきつけになった店に立ち寄るのが常で。炭酸飲料や牛乳を飲みながら互いの中学時代の話なんかを交換する。新入生の柔道部員は、あれで私を含めて10人以上いたのかなあ。

考えてみると、上級生の2年生はたったの3人。その上の3年生も同じく3人だけ。どうして上級生たちは3人ずつしかいないのだろうね、という疑問も話題の一つではありました。

そして疑問はすぐに解けました。というのも、やっぱり練習がきつかったんです。体力や気力の限界ラインを『今』よりも先に伸ばす作業は、どうしたって気楽なトレーニングでは済みません。「まさかこれほどつらいとは……」と一緒に入った新入生たちがどんどん辞めていきました。まあ、辞めるわ辞めるわ。

その過程で、結局柔道部を辞めてしまったけれど、すさまじい根性を見せつけた男の話をします。

 私と同じ新入生、高校1年のG。長髪で眼鏡をかけてひょろりと細い体形はとても体育会系とは思えません。「ああ、進学校にいがちだよね」と言われそうな。要するに文科系バリバリの雰囲気に満ちた男です。ある日彼は体育会系の空気が充満した柔道場で、信じられない一言を発しました。

「あのー。明日の部活の練習を休みたいんですけど……」

Gがそう持ちかけたのは2年生のF先輩。練習を仕切る、Gとは正反対の、いかにも体育系!柔道部!といった、身体も大柄で気が強く荒々しい人です。

「んがごご? がるる! ンパーーーッ!」

……とは、さすがに言いません。ごめんなさい。そう言いそうな感じっていう意味での表現です。

改めて。新入柔道部員Gからのゆるい申し出に、F先輩。

「練習休みたいって?どうした? 何か『大事な』用事でもあるのか?」

と。当時の運動部特有の問答無用ではなく、いくらか民主的っぽい受け答えです。しかしながら『大事な』という部分に問答無用っぽさを匂わせる。クレバーに圧力を感じさせるやりとりではあります。

そこでGが返したセリフを、私は忘れません。

「ホワイトスネイクのコンサートに行きたいんです」

どっひゃー! 娯楽かいっ。ホワイトスネイクとは、その頃人気の海外ハードロックバンドです。大ファンであるGは、すでにチケットも手に入れていた。ライブに行きたい。ところが、『ちょっとやそっとの理由ではこの柔道部の練習は休めない』とのはざまで悩んでいたのでした。

ロックンローラー魂を見た

対するF先輩は、こと柔道の練習に関しては非常に厳しい先輩です。それでも意外に民主的な素顔を私は知っているつもりでした。現場監督であるF先輩が判断を迫られています。さあ、どうする?

「もし、明日本当に休むなら今からスクワット1000回やって、行け。それが嫌ならコンサートは諦めて練習に出ろ。どっちでもいいよ。どうする?」

F先輩の表情は「ふざけたこと言うな。テメぇ、コノヤロー!」的な険しい顔です。この圧力。くぅー。やっぱり厳しいんだ。脚の屈伸運動を1000回とは過酷です。この宣告を受けて、Gは顔を上げてまっすぐにF先輩の目を見て言い放ちました。

「スクワット、やります」

どっひゃー! 100回でも大変なのに、けた違いの1000回だぞ。数字、苦手なのか? それともおまえは新日本プロレスにでも行くつもりなのか? カマキリみたいな細い身体なのに。

と、いったんは驚きましたが、すぐにGに対する見方が変わりました。……いや、これはこれですごいことだぞ、と。これほどの過酷な条件にもめげずに、自分の主張を貫く。「スクワット1000回くらい軽く受けて立つぜ」。おおー! たいした根性だ。すごいぞ、G! 柔道部員であるまえに、おまえはすでに立派なロックンローラーだ! ハードだぜ! ロックだぜ! というかそんなに行きたいのか、ホワイトスネイク(今ウェブで調べたら、その年のホワイトスネイク日本公演は4月だったとあります。おいおい、あまりに入部早々すぎるだろう)。

そんな、まさかの条件受け入れにもF先輩の表情は険しいまま。

「そうか。うん、分かった。じゃ、おまえたちが数えてやれ。スクワット、1000回だからな。絶対に数ごまかすんじゃねえぞ」

言い残したF先輩がその場を立ち去ったのを見て、私は「おお、なるほど!」と内心うなりました。お分かりでしょうか。立場上、厳しい条件は課したけれども、(どうせGには無理なんだから、同級生のおまえたちが上手に回数をごまかして助けてやれよ)と言外に私たちに伝えたかったのです。分かりやすくいうと、「押すなよー。ぜったい押すなよー」の論法です。コワモテだけど、実は優しい。

放課後の、西日が差し込む柔道場。Gはひとり壁に向かって延々とスクワットを続けていました。しゃがむ、立つ。しゃがむ、立つ。しゃがむ、立つ。しゃがむ、立つ…。

苦痛にゆがむ顔。足元にしたたる汗。動作ごとに、吐息まじりで気合とも悲鳴ともつかない声が漏れます。

「んぐっ。 しょあ。 ひゅぅあー。 ぐおぉお、おっ。」

彼の周囲を取り囲む私たち新入生たちは、大きな声で励まし続けます。もちろん、F先輩の優しさを踏まえて上手に回数をごまかして数えながら。

そして、フィニッシュ! 1000回のところを何割引きしたことでしょう。それでもとにかく彼はやり遂げたのです。「1000~っ!」と同級生全員が大声を上げる。その瞬間、Gは最後の1回を立ち上がったその体勢のままバターンと後ろに倒れこみました。「はあッ!はあッ!はあッ!」。汗だくの薄っぺらい胸が上下しているのがなんとも痛ましい。畳の上で大の字。ぼんやりと天井を見つめながら、Gはかすれた声で力強く言ったのです。

「はあッ。はあッ。はあッ。ホ。ホ……、ホワイトスネイク、行ってくるからさ」

「うん、行ってこいよッ!」

高校生活が始まったばかりの柔道場で、得難い体験ができました。何があっても曲げられない信念、戦う勇気。そんな言葉では言い表せない、とても人生で大切な何かを目の当たりにした思いで、心が震えた。戦いを終え、いつまでも大の字になったままのGの姿は忘れることはできません。

部員数はやはり激減…

そしてコンサートの翌日。歩行もままならず、Gは校舎の壁に手をはわせるようにして道場に姿を見せました。

「よう、G! ホワイトスネイク、どうだった?」

「あっはっはー。最高だったよ!」

ときおり痛みが走るのか顔を引きつらせつつも、笑顔が光り輝いています。

「いやあ、まいったよ。たまたま隣に座った女の子と盛り上がっちゃってさあ。コンサート終わりでそのまんま。エッヘッヘ……」

とろける笑顔でホワイトスネイクそっちのけのハッピー体験を語りこむGの姿がそこにありました。くっそー!スクワット、上乗せしてやりゃあよかった!!!

さてさて。柔道部物語はまだ高校1年生4月の段階です。この後、夏の合宿を挟んで秋が終わるころには10人以上いた私たち1年生は3人にまで減って、1、2、3学年、各学年3人ずつになり、私立海城学園柔道部の存在が今まさに風前の灯になるという……。

この続きは、またいつか。

立川談笑
 1965年、東京都江東区で生まれる。高校時代は柔道で体を鍛え、早大法学部時代は六法全書で知識を蓄える。93年に立川談志に入門。立川談生を名乗る。96年に二ツ目昇進、2003年に談笑に改名、05年に真打ち昇進。近年は談志門下の四天王の一人に数えられる。古典落語をもとにブラックジョークを交えた改作に定評があり、十八番は「居酒屋」を改作した「イラサリマケー」など。

これまでの記事は、立川談笑、らくご「虎の穴」からご覧下さい。

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