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東京五輪が生んだユニットバス 2020年はどう進化…

2018/8/27

ホテルニューオータニの初代ユニットバス

あらかじめ成型した浴槽や洗面台などを組み合わせることで早く施工できるユニットバスは、TOTOが1964年の東京五輪に合わせて開発した。短い納期に応じるための知恵が世界初の製品につながり、日本で新設される浴室の95%を占めるようになった。同社が総合水回りメーカーに飛躍する原動力になった。

2014年に現存が判明

北九州市小倉北区の本社敷地内にある「TOTOミュージアム」に、初代モデルのユニットバスルームが展示されている。壁掛けの電話機やボトル飲料を飲むための据え付けの栓抜きが時代を感じさせる。

東京五輪で来日する外国人の利用を念頭に、浴槽、洗面台、トイレが一体の欧米型。日本人は浴槽の外で体を洗う習慣があるため、蛇口付近には注意を促す図でプレートが貼ってある。

蛇口には浴槽の外で体を洗わないように求める注意書き

浴室の床に受け皿となる「防水パン」を置き、浴槽の外でお湯を浴びても浴室から漏水しないように受け止める構造になっている。ミュージアムの大出大館長(51)は「日本になかった生活文化を切り開いたチャレンジ精神を今の社員に伝えている」と話す。

このユニットバスは14年初めにホテルニューオータニ東京の倉庫となっていた部屋に現存していたことが判明。15年8月にミュージアムに移され、一般公開された。

壁には栓抜き

「時間も人手もない。何とかならないか」。大成建設からTOTOに浴室の開発の打診があったのは1963年5月ごろ。大成建設は同年1月、東京都の要請で日本初の超高層ホテル、ホテルニューオータニ(当時)に着工していた。工期は東京五輪までの17カ月という異例の短さ。タイル張りなどの施工に時間がかかる浴室は難所。だが好景気で建設業界は人手不足だ。

TOTOは同年7月、開発チームを設けて材料や備品、デザインなどを作り込むと同時に工場で量産方法を模索。現場で素早く組み立てられるか、ストップウオッチで作業時間を計り続けた。

開発に関わった進藤正巳氏(79)は(1)高層建築に合わせた軽量化(2)日本人の入浴習慣に対応した完璧な防水性(3)ホテル利用者が不安にならないように見慣れた器具で構成する――の3点を大成建設から求められ、試行錯誤したと振り返る。

最終的に給排水管を組み込んだ浴室などの下部ユニット、壁天井などの上部ユニットを製造。ドアなどを取り付ければ完成する工法を編み出し、同年12月に正式採用を勝ち取った。

当時は珍しかった繊維強化プラスチックを浴槽や洗面化粧台に使い、2トンを超えていた浴室の重さは730キログラムに。工場から運んだ各ユニットをクレーンでホテル内につり上げ、1室当たり2時間のスピード施工を実現した。

防水工事やタイル張りが必要な在来工法で3週間ほどかかる工事期間は、工場での組み立てを含めても3~5日にできた。全1044室の浴室工事を3カ月半で終え、ホテルは64年9月1日に無事開業した。

ニューオータニでの評判を聞いて横浜市の「ホテルエンパイア」、東京都港区の「麻布タワーズ」などのホテルが相次いで採用。浴槽・洗面・トイレが一体になった浴室空間が日本で普及するきっかけになった。

TOTOも急成長期にあった。売上高は昭和30年代に13億円から100億円台に拡大。浴室事業部長と浴室事業子会社、TOTOバスクリエイト(千葉県佐倉市)の社長を務めたことがある喜多村円社長(61)は「衛生陶器などの器具単位ではなく、浴室という空間を提案できたことは水回り総合メーカーにつながる契機になった」と指摘する。

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