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キャリア

不妊に悩む夫婦、経験生かし支える 永森咲希さん 一般社団法人「MoLive」代表(折れないキャリア)

2018/9/1 日本経済新聞 朝刊

仕事と人生のキャリア両方を社会全体で支えられるように――。晩婚化や高齢出産が増え、不妊治療への注目が高まるなか、自らの経験を踏まえ、カウンセラーとして当事者を支援する。子供をあきらめた夫婦の気持ちを受け止め、時に社会へ向けて代弁し、企業への啓発にも力を入れる。

聖心女子大卒業後、外資系企業などに勤務。6年間の不妊治療を経て、当事者支援団体を設立。54歳。

たくさんの涙を流したが「あきらめず自分にできることを探し続けてきた」と今は晴れやかに語る。大学卒業後に米国の半導体企業の日本支社に営業職として就職。大学時代の友人らが日本企業で毎朝上司にお茶を入れたり机を拭いたりする姿を横目に、「責任を持たされてバリバリ働きたい」とがむしゃらだった。

順調な会社員生活は3年ほどで転機を迎えた。学生時代から交際していた男性と25歳で結婚し、わずか数カ月後、相手の浮気が原因で離婚した。民事訴訟で心身がぼろぼろになり、仕事も辞めて引きこもった。

「仕事は裏切らない。もっと忙しく働きたい」。鬱憤を仕事にぶつけるように20代後半からは転職を重ね、キャリアを積んだ。外資系ビール会社では社長秘書として最重要人物(VIP)の来日を調整するなど組織で仕事を動かす醍醐味を知った。睡眠や食事の時間を削り、終電のなくなる深夜まで働いた。

35歳で再婚。「いつか自然に妊娠するだろう」。漠然と抱いていた子供を持つことへの希望は、37歳で不妊治療を始めてすぐに打ち砕かれた。タイミング療法から体外授精まで治療の段階が上がるにつれ、通院の頻度が増え、仕事との両立が厳しくなった。子供かキャリアか――。悩んだ末、16年間の会社員生活を休止して治療に専念した。

それでも願いはかなわなかった。治療を辞めた時、43歳になっていた。6年間で時間やお金、仕事など多くを失った気がした。どん底まで落ち込むなか、「不妊カウンセラー」養成講座に参加。不妊に悩む人に「聞いてもらえてホッとした」と喜ばれ、経験は無駄でなかったと思えた。

2014年、自分の体験を本にまとめ、当事者支援の団体を立ち上げた。カウンセラーとして多くの人の相談に乗る一方、企業や大学で不妊治療の実情を発信している。「多くの女性にエールを送り、誰もが生き生きと人生を歩めるように」と願いを込める。

(聞き手は松浦奈美)

[日本経済新聞朝刊2018年8月27日]

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