戸田恵梨香さん 演技を高めた「量質転化」の努力
2018年夏のエンタメ界を席巻した作品の一つとして挙げられるのが、人気ドラマを映画化した『劇場版コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』。興行収入はすでに70億円を突破しました。その登場人物の中でも特に私がひきつけられたのは、産婦人科を専門とするフライトドクター・緋山美帆子を演じる戸田恵梨香さんです。
緋山先生の足跡と演技力の向上
映画は、17年夏に放送されたドラマ『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命- THE THIRD SEASON』を受けて、その3ヵ月後を描いています。
緋山先生の足跡を追っていくと、08年に放送された新人フェロー時代である1stシーズンでの描かれ方は、とても気が強く、人一倍プライドが高くて思い上がった発言をしてしまうこともあり、誤解されやすい性格で、その役柄と当時の戸田さんのイメージが上手にはまっていました。
この1stシーズンで描かれた誤解されやすい緋山先生の個性については、演じている戸田さん自身も似たような部分があることを12年に放送されたトーク番組『アシタスイッチ』(TBS系)の中で、明かしています。
「私はなぜか誤解されやすいんです。てんぐになってないのに、なっていると言われたりとか。自分が周りにどう思われているのか敏感になってしまう」と、神妙な面持ちで語っていた姿が印象的でした。
また10代後半の戸田さんは、ドラマの現場で監督から要求されている内容や意味が理解できずに悩むことが多かったそうです。そうした状況が続いたとき、セリフを稽古するだけでなく、とにかくたくさん学ぼうと心がけ、偉人伝を読んだり、哲学書を熟読したり、一見、ドラマとは関係なさそうな世界に関する学びも習得していったといいます。
知識量の増加で理解力が増し、演技に反映
その学びを継続していくうちに、自身の知識量も増え、理解力も増していき、思い込みやプライドを捨てて、自然体で演技ができるようになったのだそうです。
この番組にはトーク内容を解読する精神科医の名越康文氏も出演していました。名越氏は「知識を大量に詰め込むことを続けるうちに、ある日、その量が質に転化する『量質転化が起こる』ようになる。地道な努力がある日突然、報われるんです」と解説していました。
戸田さんの10代後半は、地道な努力を重ねる中で、「量質転化」を起こすための重要な時期だったといえるのかもしれません。
ドラマ『コード・ブルー』の1stシーズンがスタートした08年の夏は、ちょうど戸田さんが10代から20代になる変わり目の年でした。戸田さんも様々なインタビューの中で、このドラマが女優としての自身の原点であると述べています。
1stシーズンに続き、10年放送の2ndシーズンでも、10代後半でもがいてきた自身の経験を生かしつつ、等身大の演技を披露してくれました。その後、3rdシーズンでは部下であるフェローに対し、クールを装いつつも温かいまなざしで見守る心優しい一面を見せる姿が描かれます。この緋山先生の成長ぶりは、戸田さん自身の転化力のたまものでもあるように思います。
2ndシーズンを終えて以降の戸田さんはドラマ『SPEC』シリーズ(TBS系)や『劇場版SPEC』のシリーズで、超能力などを使った特殊な事件を捜査するIQ201の天才かつ変人の主人公・当麻紗綾を演じ、女優としての新境地を開拓しました。 一方で、月9ドラマ『大切なことはすべて君が教えてくれた』(フジテレビ系)では正統派のヒロインになりきり、主演としての存在感を示しています。
7年間の経験がさらにスキルに
その他にも数多くのドラマや映画で多様な役柄を演じ分けてきた戸田さんにとって、2ndシーズンから3rdシーズンに至るまでの7年間は、経験をストックし、その蓄積されたスキルを生かしながらさらに上質な演技へと転化させるための期間だったといえるのかもしれません。
子役から演技を始めた戸田さんは、中学卒業と同時に上京し、女優として本格的に活動します。22歳前後の一般的な就職よりも5~6年は早めのスタートとなります。仕事を始めて、壁にぶち当たり、知識や経験を詰め込む努力を重ねた結果、迎えることのできた量質転化の時期も一般的なビジネスパーソンよりも5~6年早くに訪れました。
一般のビジネスパーソンでいえば、就職してから20代後半までの時期にどれだけ知識や経験を詰め込めるかが仕事での量質転化を迎えることができるかどうかの分かれ目となるのかもしれません。
20代は雑務も多く、一見、今後の自分のキャリアにとってどんな意味を持つのか、徒労に感じる場面も多々あることでしょう。日々、無駄に思える業務の連続は閉塞感を生みがちです。
一見ムダな仕事が経験として生きることも
ですが、そうした中でも近視眼的にならずに少し視点を変えて、今の仕事の領域とは全く別の分野に触れて、新たな学びの場を得て、インプットすることを怠らずに続けていくうちに新境地が開ける瞬間が生まれてくるものです。そして、その新境地で新たな学びや経験を積んでいけばさらにスキルが向上します。
よくプロデューサー業務に従事している方がおっしゃるのが、今の仕事と関係のない分野の作品を見たり読んだり、知らなかった趣味の世界に触れたりと、漠然とした知識をストックしてきたつもりでも、散歩をしている途中などで、ふと自身の専門分野に生かせるヒントがそのストックの中から結びつき、点と点が線としてつながる瞬間が生まれるとのこと。
また、デスクワークをしている方でも、スキルの鍛錬を重ねていくうちに、いつのまにか技術面でそのスキルが向上し、いざという場面でこれまで失敗続きだった壁を乗り越えられる瞬間が生まれたという話をよく聞きます。
それはまさに量をこなす中で生まれる質への転化力が発揮された瞬間です。
20代を迎える段階で転化を遂げた戸田さんですが、30歳になった今、10月からは連続ドラマ「大恋愛~僕を忘れる君と」(TBS系)に主演することが決定しています。相手役は演技派のムロツヨシさんだそうで、戸田さんは若年性アルツハイマーを患う医師・北澤尚を、ムロさんは、尚を支える恋人の元小説家を演じます。
10年にわたる2人の切ない純愛物語が描かれるとのこと。同じ医師役でも緋山先生とは全く異なる役どころですね。変幻自在な演技を披露するムロさんを相手に、戸田さんがまたどのような転化力を発揮して、輝いてくれるのか、今からとても楽しみです。
目の前の大変な仕事量に心が折れそうな日々を過ごしている方は、いつかその努力が「量質転化」をして自らのスキルになると信じつつ、一週間を乗り切った金曜日の夜に戸田さんのドラマを見ながらゆっくりデトックスするひとときを過ごしてみてはいかがでしょうか。
経済キャスター、ファイナンシャル・プランナー。日本記者クラブ会員。多様性キャリア研究所副所長。TV、ラジオ、各種シンポジウムへの出演の他、雑誌やWeb(ニュースサイト)にてコラムを連載。主な著書に『デフレ脳からインフレ脳へ』(集英社刊)。株式市況番組『東京マーケットワイド』(東京MX・三重TV・ストックボイス)キャスターとしても活動中。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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