競技団体に税金投入、ならば法で管理を 不祥事を根絶ドーム社長 安田秀一

戦前の富国強兵の一環だった体育。その封建的な体質をスポーツ界が引き継いでいるという(写真はイメージ)=PIXTA
戦前の富国強兵の一環だった体育。その封建的な体質をスポーツ界が引き継いでいるという(写真はイメージ)=PIXTA

米スポーツブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店、ドームで社長を務める安田秀一氏の連載コラム。今月のテーマは、日本のスポーツ界のガバナンスについてです。学生時代にアメリカンフットボールの全日本大学選抜チームの主将を務め、今年春まで母校の法政大でアメフト部の総監督もしていました。米国のスポーツ界との比較から日本の問題点を浮き彫りにします。

◇   ◇   ◇

ガバナンスがどうあるべきか活発に議論することが重要と説く安田秀一氏

日本大学アメリカンフットボール部の悪質タックルや日本ボクシング連盟の非民主的運営など、日本のスポーツ界がガバナンスに欠陥を抱えることを浮き彫りにする不祥事が次々と明るみに出ています。ネガティブな見方もありますが、不祥事をきっかけに、長らく放置されてきた課題に注目が集まり、解決のための議論が始まるのはとても良いことだと考えています。

ただ、未来につながる着地点を見いだすためには大切な前提条件があります。それは、日本のスポーツ界がなぜ今のような状況になったのかを歴史的に理解すること。その上で、米国や欧州はどのようにスポーツ界のガバナンスを確立してきたのかを学ぶことです。

スポーツだけでなく、日本の社会には封建的なカルチャーが染みついていると僕は考えています。中央集権という統治の仕組みも揺るぎません。この2つが日本のスポーツ界においてガバナンスを効かせられない大元の原因だと思います。

しかも、うまくいかない状況や矛盾が発生しても、制度全体を見直すのではなく、その場しのぎで一部の対応をしてしまう。これはスポーツに限らず日本の政治や社会全体に共通する特徴でしょう。

体育はもともと農民の子どもたちを兵隊として育成するために始まりました。日本独自の跳び箱などはまさにその名残ですし、個々の能力にかかわらずラジオ体操のような基礎運動をやらせるなど、画一的で軍隊的な体質があります。そして戦後、そのシステムを見直さないまま、学校の体育教育の延長線上にクラブ活動、スポーツを乗せてしまいました。

体罰や理不尽な上意下達という悪慣習は通常、正規のルールを作る時に必ず見直されます。よくない慣習は淘汰されるわけです。しかし、この国ではルール化しないまま、スポーツを中途半端に戦後教育に組み込んだため、悪習慣が残ってしまったと思っています。

米スポーツ界に3つの統治方式

僕は日本のスポーツの将来を考えるとき、教育とスポーツを学校と地域クラブに分けている欧州型ではなく、スポーツを学校の中に取り入れて繁栄させてきた米国型を参考にすべきだ、と考えています。中途半端ながらすでに学生スポーツは存在し、学校には設備があるからです。