ゲス乙女・川谷絵音 怠惰な僕のスイッチを押すモノ
軽やかで時折ユーモアも取り入れた言葉にスパイスのきいた本音が潜む歌詞を、ポップでキャッチーながらひねりのきいた巧みなサウンドに乗せる人気バンド「ゲスの極み乙女。」。そのフロントマンである川谷絵音さんは、ほかにも様々なバンドを掛け持ちして楽曲提供も行っている上、2018年7月期のドラマ「恋のツキ」で俳優デビューするなど、まさに才人。そんな川谷さんが、曲作りのスイッチ(きっかけ)にしているモノとは?
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最近はそうでもなくなったけど、家に帰るのが面倒になって、仕事やご飯の後に近くのホテルに泊まっちゃうことが多かったんです。そこからホテルが好きになって、五つ星以上の都心のホテルは、だいたいコンプリートしました(笑)。
都内ばかりじゃなく、オフにふらりと国内旅行することもあります。先日は作曲旅行しようと思って、クラシックギターを持参して、熱海の温泉旅館へ。タイアップ案件だったので、じっくり映像を見たいなと思ったんですが、自宅じゃやる気が起きない。僕、もともとはすごく怠惰なんですよ(笑)。
客室にウッドデッキがあって、そこに露天風呂とかハンモックがついてる部屋を見つけて、すてきだなと。それで、自分で予約して行きました。ハンモックに揺られながら映像を見て、ギターで曲を作っては温泉に入る……。そんな感じで現実から離れた時間を過ごせたおかげで、無事締め切りにも間に合いました。
ホテルの本が創作意欲かきたてる
今日持ってきた『世界のホテル』(パイ インターナショナル)も、そんなふうに思い立って金沢に行ったときに入手したもの。昨年の冬に1泊2日で金沢にほど近い温泉旅館に泊まったんですよ。目的の一つは温泉で、もう一つは「金沢21世紀美術館」。展示作品を見終えた後に、ミュージアムショップに立ち寄ったんです。あそこのショップって、コムデギャルソンが置いてあったり、ちょっと変わった品ぞろえで見てて楽しい。そこにこの本もあって、パラパラめくったらすごくきれいな写真が載ってて、「こんなホテルに泊まってみたいな」と。サイズも小ぶりで持ち運びやすいのも気に入りました。大型の写真集だったら、多分買わなかったでしょうね。
今、この本は自宅の本棚にあって、よく手に取りますよ。表紙を見せて置けるタイプのブックシェルフなので、インテリアとしても活躍しています。
さっきも言ったように、僕は怠惰な性格で、きっかけがないとギターを手に持つのも面倒に感じるくらい(笑)。でも、この本をパラパラと眺めていると、不思議と創作意欲が湧くんですよね。美しい景色に喚起されるのか、きれいな色彩に刺激を受けるのか理由はわからないけど、僕にとっての「スイッチ」なんです。でも、いつもこれがスイッチになるとは限らないのが難しいところで……。
いい加減なところがあるから曲がかける
そんなときは、ミッドセンチュリー(20世紀半ばにデザインされた家具のこと)のソファに座ります。すると、やる気が出てくるんです。もともとはローテーブルとクッションを組み合わせたものなんですが、そういう使い方をバイヤーさんがオススメしていて。このソファを教えてくれたのは、サカナクションの山口一郎さんで、一郎さんもスタジオで使ってます。でも実はこのソファ、そんなに座り心地がいいわけじゃない(笑)。そこも含めて、ものづくりの心を刺激してくれるのかもしれませんね。
他にもスイッチはあります。昨日は吉田美奈子さんの音楽がそうでした。普段は洋楽を聴くことが多いんですが、たまに1970年代や80年代の邦楽を聴くといいな、面白いなって。吉田さんの曲がきっかけとなり、昨日は必要もないのに曲がたくさんできました(笑)。
僕が凝り性? そんなことはないと思います。本当に凝り性の人を見てると到底及ばないなって。ある意味で、いい加減なところがあるからたくさん曲が書けるし、たくさんのバンドを同時にできるんじゃないかと思うんです。思い入れが強すぎると、空回りしてしまうことってあると思うから。
もちろん、質の高さはちゃんとキープしたいし、しているという自負もあります。アルバム「好きなら問わない」も、サウンドメイクや作詞、演奏、歌唱において成長を感じられました。そんな作品をメンバーのちゃんMARIが「今までで一番好き」と言ってくれて。自分もバンドの一員だけど、メンバーが喜んでくれるのが何よりうれしいんですよ。
この前も課長(ゲスの極み乙女。メンバーでベース担当の休日課長)とレコードバーに行って、ビートルズとかを聴きながらしみじみ「いいよね」と言いながら飲んでる時間が相変わらず至福で。そこは成長してないのかな(笑)。
理系の大学院に進んでセラミックの研究に打ち込んだけど、音楽みたいに「無くちゃ困る」とは思えなかった。なんやかんや言いながらも、結局は一番大切な音楽をやるためにいろんなものを集めたり、環境を整えたりしてるのかもしれませんね。
1988年12月3日生まれ、長崎県出身。2010年にindigo la End、12年にゲスの極み乙女。を結成。14年にメジャーデビュー。現在は、ジェニーハイやichikoroのメンバーとしても活動するほか、休日課長率いる3人組のユニットDADARAYのプロデュースも行っている。18年8月29日にワーナーミュージック内に立ち上げた自主レーベル「TACO RECORDS」より4thフルアルバム「好きなら問わない」をリリース。現在、「日経エンタテインメント!」で「ヒットの理由がありあまる」を好評連載中。
(文 橘川有子、写真 藤本和史)
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