1万円台の完全無線イヤホン対決 立体感はパイオニア
「年の差30」最新AV機器探訪
スマートフォン(スマホ)とイヤホンをつなぐケーブルだけでなく、イヤホンの左右をつなぐケーブルもない「完全ワイヤレスイヤホン」が好調だ。調査会社によると売れ筋は1万円台。ただ、この価格帯は海外製が多く、国産オーディオメーカーの製品の選択肢は少ないというのが実情だった。ここに登場したのが、JVCとパイオニアという老舗ブランドの2製品。その実力はどんなものなのか。昭和生まれのオーディオ評論家と平成生まれのライターが試聴した。
JVCとパイオニアそれぞれの個性が
小沼理(26歳のライター) 今回取り上げるのはJVCの「HA-ET900BT」とパイオニア「C8 truly wireless」という、国産の完全ワイヤレスイヤホン2機種です。ともにブランドとしては初の完全ワイヤレスになります。
小原由夫(54歳のオーディオ・ビジュアル評論家) どちらも国内のオーディオメーカーとしては老舗ですね。
小沼 それぞれどんなメーカーなんでしょう?
小原 一言で言うなら、JVCは音にこだわるメーカーで、比較的オーソドックスな製品を作ります。一方、パイオニアはデザインも含めてあか抜けており、高分解能な音を意識している印象です。
小沼 「高分解能」というのは、細かな音までしっかり分かるということでしょうか。だとしたら、今回のイヤホンにもその特徴が表れていますね。JVCはスポーツ対応を打ち出しながら、デザインはノーマルです。
小原 JVCには中庸な良さがありますね。初の完全ワイヤレスとして、ある程度置きにいったというか、慎重に取り組んだところもあったんじゃないかな。
小沼 パイオニアは表面にディンプル加工を施したシリコン素材で、あまり見かけないデザインです。
小原 国産らしからぬデザインですよね。外部のデザイナーに外注したのかと思いメーカーに聞いたところ、社内で手掛けたと言っていました。いろいろと経営は厳しくなっているようですが、こだわりを持ち続けるDNAが残っているのは良いことだと思います。
どちらの音も「ハイファイ」
小沼 音質はいかがでしたか?
小原 どちらも良かった。ハイファイだと思いました。
小沼 「ハイファイ」ってどういう意味ですか?
小原 そうか、小沼さんの世代だと聞き慣れない言葉かもしれないですね。「ハイ・フィデリティー(High Fidelity)」の略で、情報量や周波数レンジ、S/N(信号内の雑音の比率)、ダイナミックレンジなど、音楽を聞く上で大事なオーディオ的要素すべての満足度が高い時に使います。簡単に言えば「良い音だね」ということ(笑)。
小沼 聞いたことはありましたが、そういう意味だったんですか。その業界でだけ通じる言葉ってありますよね。たとえば、若者が感情が高ぶった時に言う「エモい」とか。
小原 ちょっと違う気もするけど……。
フラットなJVC、奥行きのあるパイオニア
小沼 実際に使ってみて、それぞれの音に対する印象は?
小原 音がフラットで、インパクトは薄いけど音楽ジャンルを選ばないのはJVC。特にアコースティック系が気持ちよく鳴りそうです。パイオニアは立体感があって、前面に出てくるボーカルも、バックの演奏もきちんと感じられる。オールマイティーで、高級感のある音でした。小沼さんはどう感じましたか?
小沼 たしかに、JVCは平面で音が鳴っているように感じました。パイオニアは音にきちんと階層があって、でもわざとらしくなくなめらかにつながっている印象です。個人的には、パイオニアの方が好きな音でしたね。
小原 音切れはどうでした? 小沼さんは僕より都心の人混みで使う時間が長かったと思いますが。
小沼 2機種ともに音切れが少ない印象です。特にパイオニアは安定していました。
小原 パイオニアとしては初の製品ですが、グループ会社のオンキヨーが2016年9月に完全ワイヤレス「W800BT」を発売しているので、そのノウハウが生きているんじゃないかな。「W800BT」は途切れやすさがネックでしたし、開発サイドも問題意識を持って取り組んだのでしょう(W800BTに関しては記事「高級ヘッドホン バランスか個性か、決め手は利用時間」参照)。
小沼 その点では、実質2代目なんですね。あとは本体のボタンを押して電源を入れたとき、左右がペアリングされたとき、オーディオ端末と接続されたときにしゃべって教えてくれることに安心感がありました。
小原 でも、しゃべってアナウンスする音声ガイド機能は他にもありませんか?
小沼 ソニーやBOSEにもありましたが、左右がきちんとペアリングされているのかがわからなかったんですよね。パイオニアの音声ガイドはそこまで配慮している。完全ワイヤレスイヤホンって片耳しかつながっていないこともあるので、不安になるときがあるじゃないですか。それを不安を払拭してくれているのが良いと思います。
パイオニアはケースの大きさがネックに
小沼 完全ワイヤレスイヤホンを使うとき、重要なのがケースです。耳から外してしまうとき、ここに入れて充電するので、常に持ち歩くことになるわけですが。
小原 パイオニアはケースがとにかく大きいですね。
小沼 大きさ、厚さともにJVCのほうが一回り以上小さく、本体+ケースの重さもJVCが48g(本体片耳6.5g、ケース35g)に対してパイオニアは132g(本体片耳6g、ケース120g)と3倍近い。持ち運びやすさではJVCに圧倒的に軍配が上がりますね。
小原 JVCの48gはEARIN M-1やAirpodsと並んで、完全ワイヤレスの中でもかなり軽い部類に入りますね(記事「完全無線イヤホン 音質か操作性か、世代で違うベスト」参照)。パイオニアに関しては、開発サイドに聞いたところ、強度と耐久性を考慮して横開きのスライド式にした結果、このサイズになったと教えてくれました。ただ、やはりケースが大きいという指摘はあるそうですが。
小沼 本体に比例してバッテリーも大きいのかと思いきや、再生時間はどちらも本体のみで約3時間、ケースは2回フル充電できて約6時間と性能は同じ。パイオニアは他が良いだけに、この点は残念です。
小原 次作への課題ですね。それと、パイオニアはUSB Type-Cを採用しているんですよね。
小沼 広報に問い合わせたところ「最近はType-C対応のスマートフォンも増えてきており、今後の普及が見込めることから採用に至った」とのことです。Type-Cのケーブルも付属していますが、旅行先、外出先などで急に充電したくなったときに、不便さを感じることがあるかもいるかもしれませんね。対応機器が多いmicroUSBケーブルならスマホ用に持ち歩いている人も多いでしょうし、人から借りることもできるでしょうから。
「パイオニアはこれまでのトップをしのぐ」
小沼 さまざまな点から比較してきましたが、強調しておきたいのは価格です。8月中旬に家電量販店での実勢価格を調べると、ともに1万2000円前後。この連載でこれまで取り上げてきた完全ワイヤレスイヤホンに比べると安価です。完全ワイヤレスには1万円を下回るエントリークラスから3万円を超えるものまで幅広いラインアップがありますけど、調査会社Gfkによるとメインの価格帯はミドルクラスの1万円台。この2製品はそこに入ってきます。
小原 僕は価格、クオリティーなどを加味すると、パイオニアはこれまでのトップだった「JBL FREE」をしのぐ出来だと思いました(JBL FREEに関しては記事「JBL初の完全無線イヤホン 音質高評価、難点は音切れ」参照)。JBL FREEの弱点だった音切れも少ないですし。
小沼 この値段だと、買ってみようかなと思う人も増えてきそうですよね。クオリティーも申し分ないので、まだ完全ワイヤレスを試したことがない人にもぴったりの機種だと思います。
◇ ◇ ◇
大手からスタートアップまで、この1年で多数のオーディオメーカーが製品を発売し、ただ完全ワイヤレスというだけではさほどの目新しさはなくなってきた。音質も高レベルで、価格もネットの最安値でそれぞれ1万円前後と手ごろなこの2機種。完全ワイヤレスに二の足を踏んでいた人が手を出すのにもよい製品に仕上がっていると感じた。
1964年生まれのオーディオ・ビジュアル評論家。自宅の30畳の視聴室に200インチのスクリーンを設置する一方で、6000枚以上のレコードを所持、アナログオーディオ再生にもこだわる。最近のヘビーローテーションは「The Steven Wilson Remixes」(イエス)。
小沼理
1992年生まれのライター・編集者。最近はSpotifyのプレイリストで新しい音楽を探し、Apple Musicで気に入ったアーティストを聴く二刀流。最近のヘビーローテーションは「アントロポセン」(蓮沼執太フィル)。
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(写真 ヒロタコウキ=スタジオキャスパー)
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