2018/8/25

ビジュアル音楽堂

「音楽は形式ではなく、色彩と律動づけられた時間。それがドビュッシーの夢だった」と青柳さんは語る。作曲家が夢見たこうした音楽世界を聴かせようとしたのが、CDアルバム「ドビュッシーの夢」(5月7日リリース、製造・発売元:コジマ録音/ALM RECORDS)だ。ドビュッシー没後100周年の今年、青柳さんが満を持して世に問うた力作だ。

不思議な和音の塊「聖セバスチャンの殉教」

このCDには「夢」や「前奏曲集第1巻」などもっとポピュラーなドビュッシー作品も収めている。しかし青柳さんがCDの冒頭に持ってきたのは、ドビュッシーの友人で作曲家・指揮者のアンドレ・カプレ(1878~1925年)が編曲した珍しいピアノ独奏版「聖セバスチャンの殉教」だった。「『聖セバスチャンの殉教』が今回の自分の中ではメーン。摩訶(まか)不思議な和音の塊が非常に複雑に動いている」と、1911年に作曲された異色の大作について語る。

青柳いづみこさんのCD「ドビュッシーの夢」(5月7日リリース、製造・発売元コジマ録音/ALM RECORDS)

イタリアの作家ガブリエーレ・ダヌンツィオの神秘劇の付帯音楽として書かれた「聖セバスチャンの殉教」は、劇の上演に5時間も要するのに、音楽自体は50分程度という作品。ドビュッシーは亡くなる数カ月前にルイ・ラロワの台本でこれをオペラにしようと計画した。「(劇自体が長いので)音楽だけ聴こうと思ったらオペラにしたほうが本当は良かった。でも間に合わず、彼の命は尽きてしまった」と青柳さんは説明する。

カプレによるピアノ編曲版は「百合(ゆり)の庭」「法悦の踊り」「魔法の部屋」「受難」「傷つけられた月桂(げっけい)樹」「よき羊飼い」の6曲による組曲風にCDに収められている。キリスト教に目覚めたセバスチャンが皇帝の怒りを買い、月桂樹に縛られて矢を射られるエピソードは、青柳さんがCDの解説にも書いている通り、作家・三島由紀夫が好んだ美の世界だ。その音楽は「響きの音階ともいえる。これまでになかったような組み合わせの音が出てくる」という斬新なものだ。ドビュッシーの官能性や怪奇性も追求する青柳さん好みの作品なのだろう。

レコーディングで使用したピアノは、ドビュッシーが生きた時代に近い1925年製のベヒシュタインE型(今回のインタビュー映像の中で青柳さんが弾いているのはヤマハのピアノ)。「ドビュッシーには各パートがそれぞれ独立し別のラインを描くピアノ曲が多いが、ベヒシュタインは機構上、そうした各パートの音が混ざらず、弾き分けがしやすい。特にE型は低音も豊かで、オルガンのように響く」とこだわった理由を話す。このピアノの音色を通じて、静かに遅く流れる薄闇の時間の中で、正体の知れない響きの塊が変容していく様子を神秘的かつ清澄に描いている。