ピアニストで文筆家の青柳いづみこさんがクロード・ドビュッシー没後100周年の今年、この作曲家の夢をテーマにしたCDを出した。色彩と時間としての音楽を夢見たドビュッシーの真意をくみつつ、めったに演奏されないピアノ編曲版「聖セバスチャンの殉教」を収めた。従来のフランス印象派絵画との関連ではなく、神秘主義やオカルトなど新たな視点でアプローチするドビュッシー研究の第一人者に、作曲家の魅力の本質を聞いた。
「彼は髪フェチだったので、『髪の場』は延々とまだ続くかというくらいにしつこい」。ドビュッシーが完成させた唯一のオペラ「ペレアスとメリザンド」について青柳さんはこう指摘する。マルク・ミンコフスキ氏がオーケストラ・アンサンブル金沢を指揮した8月1日の同オペラ東京公演(映像・演出付き演奏会形式)を聴いて思いを新たにしたようだ。ドビュッシー記念年の中でも屈指の公演を観賞した興奮が冷めない様子で、「非常に普通ではないバランス」と語る。
■印象派絵画にはない「暗い色調」への興味
メリザンドの長い髪が泉に漬かったり、塔から垂れ下がる彼女の髪にペレアスが狂喜したり、このオペラでは髪にまつわる場面が物語の流れに比べていびつなほど大きな比重を占める。ベルギー象徴主義の詩人モーリス・メーテルリンク原作の戯曲に髪を扱う場面が出てくるわけだが、ドビュッシーの音楽はさらに「髪フェチ」を強調している感じだ。
「ペレアスとメリザンド」は近代フランス印象主義を代表するオペラといわれる。しかし青柳さんはドビュッシーの音楽全般を印象主義と象徴主義の「どちらにも当てはまるし、外れるところがある」と指摘する。ドビュッシーのCDジャケットにはフランス印象派の画家クロード・モネの絵を使ったものが多いが、「印象派の画家たちとは時代が異なる」。一方で「(象徴派の)ステファヌ・マラルメの詩のように全部を抽象的にする音楽の作り方もしていない」。むしろ「彼は神秘主義のほう。オカルトにも凝っていた」と持論を展開する。
青柳さんはドビュッシーのこうした裏面にも光を当て続けてきた。それはドビュッシーの音楽を聴いた人なら誰でも感じるはずの、長調とも短調ともいえない不思議な響きへの関心だ。青柳さんが著書「ドビュッシー 想念のエクトプラズム」(中公文庫)で書いている「暗い色調」への興味だろう。印象派モネの絵画にはない「よどんだ灰色」(同著)だ。そして青柳さんはさらに進んで、この作曲家が夢見て果たせなかった音楽を演奏や執筆、それにCD録音で垣間見ようとしている。