女優・貫地谷しほりさん 両親からの愛、誇れる長所

1985年東京都出身。2002年に映画デビュー。NHK連続テレビ小説「ちりとてちん」で主演を務めるなど映画、TVドラマで活躍。10月には現代能楽の舞台「竹取」が控える。
1985年東京都出身。2002年に映画デビュー。NHK連続テレビ小説「ちりとてちん」で主演を務めるなど映画、TVドラマで活躍。10月には現代能楽の舞台「竹取」が控える。

著名人が両親から学んだことや思い出などを語る「それでも親子」。今回は女優の貫地谷しほりさんだ。

――珍しい名字ですね。

「全国でも6、7世帯だけだと聞いています。父の地元、広島県に集中しているようです。生まれ育ったのは東京の下町。会社員の父、飲食店を経営する母の3人家族。普通の家庭ですよ、両親がびっくりするほどにぎやかなことをのぞけば。家に帰ると2人が同時に話しかけてくる。トイレの中までついてくるんですから『うっとうしい、もう勘弁して』って感じです。私が社交的になれたのも両親のおかげかもしれません」

――教育方針もユニーク。

「努力して取り組んだことに対しては、結果がどうであれ褒めてくれる。どんなささいなことでも、良い部分を見つけてくれるのです。例えば、運動会。徒競走でビリになった時は『腕のフォームは一番きれいだった、天才だよ』と。恥ずかしいけど、悪い気はしません。前向きで、卑屈にならない性格はそこで培われたのだと思っています」

「しつけは厳しく、高校時代の門限は午後6時。『友達と試験勉強する』などといって遊んだこともあります。嘘を覚えたのもこの時期。でも、親はすべてお見通しだったはずです。何も言わず見逃してくれたのは私を信じてくれたからこそ。放任ではなく程よい距離感が親子関係には不可欠だと感じています」

――14歳で芸能界に。

「下校時に新宿でスカウトされましたが、将来の夢のリストにも入らない縁遠い世界でした。父や祖母など身内の誰もが『苦労するに決まってる』と猛反対。一人っ子ですし、心配したと思います。迷いを打ち消してくれたのは母でした。『しほりの人生。幸せは自分で求め、見つけていきなさい』と、背中を押してくれました」

「これと決まれば、全身全霊でバックアップしてくれたのも両親です。演技レッスンで帰宅が遅くなるときは、必ず迎えに来てくれました。中学受験した女子校は、芸能活動が禁止だったので転校、大学も受験しました。芸能活動、学費などでかなりの負担だったはずですが、苦労はおくびにも出しませんでした」

――一番のファンはご両親だとか。

「デビューが決まると父は大型テレビを購入、母はお店の壁一面にポスターを張ってくれます。もちろん出演作はすべてチェック。評価の基準は『しほりがたくさん出ているかどうか』と単純明快。演技もみてほしいのですが」

「小泉今日子さんに『本当の笑顔や明るさを持ってるね。それは学べるものではなく、家庭環境が作り出すもの。恵まれてるね』と言われたことがあります。にぎやかで、ともすればうっとうしくも感じる両親ですが、女優として誇れる長所を与えてくれたと感謝しています。たまには両親のおしゃべり“口撃”の相手をしようかな」

[日本経済新聞夕刊2018年8月21日付]

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