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松山の鍋焼きうどん 一年中食べる、飲んだ後も食べる ふるさと 食の横道(5) 瀬戸内島伝い編

2018/9/12

色とりどりの具をご飯に散らし、昆布、イリコ、かつお節でとった出し汁を注いで食べる この料理ができたのは江戸か明治か いずれにしてもとんでもないごちそうだったろう

夕方近くになってフェリーで広島県竹原市に渡った。市内に残る重要伝統的建造物群保存地区、つまり町並み保存地区には、NHK朝のドラマ「マッサン」のモデルになった竹鶴政孝の生家「竹鶴酒造」が往時の姿で現存している。いまでこそやや落ち着いたが、放送中は歩けないほどのにぎわいだったという。

私たちの目的はそこではない。散策はほどほどにして、JR竹原駅に近い「味いろいろ ますや」に入る。迎えてくれた店主の升谷隆美さんは「魚飯」を用意してくれていた。

「ぎょはん」と読む。竹の器に入っているのは卵、ドーマルと呼ばれるトラハゼのそぼろ、穴子、エビ、シイタケ、キュウリ、コンニャク、ゴボウ、タケノコ、ニンジン。ドーマルの骨を揚げたものが添えられている。

かつて竹原は製塩で栄えていた。浜旦那と呼ばれる製塩業者は富を蓄え、酒造業も営んだ。竹鶴家もそのひとつだった。そんな旦那衆が客をもてなすための料理が魚飯で、庶民は口にすることができなかった。

未知の所には未知の味がある

食で竹原をPRするために市民が集う「竹原の食を考える会」が、古い地元紙の記事に魚飯のレシピを見つけたのが3年前。それに従って魚飯を復元した。「いつの間にか消えた幻の郷土料理」だと思われていた。ところがそのことを知った竹鶴家から連絡が入った。「いまも我が家では魚飯をつくっています」。滅んではいなかったのだ。

色とりどりの具をご飯に散らし、昆布、イリコ、かつお節でとった出し汁を注いで食べる。この料理ができたのは江戸か明治か。いずれにしてもとんでもないごちそうだったろう。海と山の幸が混然となって、食べる人を黙らせる。

未知の所に行けば未知の人がいて、未知の味がある。口を動かしながら。旅の喜びをしみじみとかみしめる。

文=野瀬泰申 写真=キッチンミノル

[日経回廊 2015年8月発行号の記事を再構成]

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