ミュージカル界の新星、古川雄大 帝劇初主演で飛躍
稀代の天才作曲家ヴォルフガング・モーツァルトのドラマチックな人生をたどるミュージカル『モーツァルト!』。今年の公演で、モーツァルト役に抜てきされたのが、帝国劇場初主演となった古川雄大だ。井上芳雄、浦井健治と共にミュージカル界をけん引し、テレビでも活躍する山崎育三郎とのWキャストで大役を果たした。
182センチと長身。恵まれた容姿に心震わす繊細な演技、そして圧巻のダンス。帝劇初主演ながら連日即完売となり、ミュージカルファンを驚かせた。弱冠30歳の古川は、なぜこの世界に入ったのだろうか。
「高校3年のときに原宿でスカウトされたのがきっかけです。それ以前は、14歳からダンサーになるために地元でダンスを習っていましたが、芸能界とまでは考えていなくて。当時は、ダンス仲間と表現や視野を広げたい、という気持ちのほうが強かったんです。
19歳から本格的に芸能活動を開始して、舞台の楽しさを知ったのは、ミュージカル『テニスの王子様』です。作品を見て『自分もやりたい!』と。礼儀など仕事の根本を教えていただきましたが、とにかく表現することが面白くて、心から仕事を楽しんでいました」
その後、「アーティスト活動もありつつ映像作品が多かった」という古川がミュージカルへ進む転機が、2012年、帝国劇場上演のミュージカル『エリザベート』だ。
「オーストリア皇太子のルドルフ役は、新人の頃(井上)芳雄さんが演じていたことから、"若手の登竜門"と言われていて…と今はその意味が分かるのですが(笑)、当時は何も知らなくて。オーディションも事務所から勧められて参加していました。いわゆるグランドミュージカルも見たことがなかったので、稽古に入ってから『俺、どこにいるんだろう…』と呆然としました。だって"歌が上手な人"だらけなんですよ!(笑)。初めは恐怖と自信の無さが出てしまい、ただ出るからにはなんとか追いつきたくて。試行錯誤しながら、本当に毎日ガムシャラでした。
でも、出番のない時間はずっと舞台袖で見ていて、その世界観と様々な感情を素晴らしい楽曲と歌で表現するミュージカル自体がすごく好きになったんです。
また、『エリザベート』は、演出の小池修一郎先生との出会いでもありました。『ロミオ&ジュリエット』(13、17年)、『1789‐バスティーユの恋人たち‐』初演(16年)…厳しくご指導いただいて、セリフを取られてしまったことも。でも、それでスイッチが入って。『ミュージカルをずっとやっていきたいな』とどこかで思ってはいたのですが、『そんなんじゃダメだぞ』と念押ししていただくことで、ミュージカル界でやっていく決意ができました」
その直後につかんだのが、前出の『モーツァルト!』のヴォルフガング・モーツァルト役だ。「若手の誰もがやりたい役」(古川)だが、02年の初演から今まで演じたのは井上、中川晃教、山崎の3人のみという非常に狭き門。
公演は、5~6月に帝劇、7月に大阪、8月に名古屋と続いたが、帝劇のセンターに立った率直な気持ちはどうだったのか。
「初日を迎えるにあたっては、当然ですが、精神的にも肉体的にもすごく追い込みました。とにかくガムシャラに全力で舞台に挑んだ3時間。通し稽古でも常にテンションをマックスにしてやっているつもりでしたけど、やっぱり本番のエネルギーは少し違っていて。お客様の反応も肌で感じて、『これをあと40数回やるんだな』と少し先を見てしまったというか。『今日が終わった』という安堵ではなく、長い戦いが始まったんだなと感じました。
物語は『天才』といわれたモーツァルトの華麗だけど悲劇的な人生。彼は天才だからこそ、子どものまま大人になってしまった人。舞台上で彼は、アマデ(子どもの姿をしてペンを走らす、モーツァルトにだけ見える存在)と共に行動しますが、演じ手と観客で全然解釈が変わってきてしまう可能性もあり、シーンごとにどんな気持ちでアマデを見ているのか、心情を整理するのが大変でした。あと、舞台上の時間経過が激しく、様々な場面で、成長していたほうがいいのか、まだ変わらないのかも悩みました。現時点で1つの答えは持っていますが、今も小池先生にご指導いただきながら、さらに吸収して役を深めていきたいと思っているところです。
(モーツァルトの父・レオポルト役の)市村正親さんは初共演ですが、とにかくカッコいい。現場での立ち振る舞いもお芝居も、背中で見せてくださっています。(コロレド大司教役の)山口祐一郎さんはとにかく優しく、ピリッとしたなかでもいい雰囲気を作ってくださるんです。いつか僕も、お2人みたいになりたいです」
武器がないのが武器かも
4月から山崎もいる研音に所属。6月11日には、今後の活躍を期待される役者や音楽家に贈られる岩谷時子奨励賞を受賞。秋にはミュージカル『マリー・ アントワネット』への出演も決まっている。最後に、これからの展望を聞いた。
「今、ミュージカルで頑張らせてもらえているのはうれしいこと。自分のなかではやりたい役や出たい作品、立ちたい場所はあるので──何かは言いませんが(笑)、今がチャンスそのものなので、毎日真剣に舞台を楽しんでいます。
僕のミュージカルにおける武器は──もしかしたら、武器がないのが武器かもしれないですね。器用なタイプではないので、ガムシャラに、真摯にやるしかない。逆境には強くないですが、立ち向かわなきゃいけない環境をあえて作るようにはしているんです。やるしかないところに自分を追い込んだほうが頑張れるタイプなんですね。だから、これからも視野を広げながら、いろいろなことにトライしていきたいです」
(ライター 山内涼子、日経エンタテインメント!編集 平島綾子)
[日経エンタテインメント! 2018年8月号の記事を再構成]
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