防犯アラーム「トレネ」 さりげなく置き引きを見張る
キングジムのモニタリングアラーム「トレネ」は、カジュアルな置き引き防止用ツール。カフェなどで一人で作業をしていて、トイレなどで席を外す際、ノートパソコンを閉じて、その上にトレネを載せて、スマートフォン(スマホ)だけ持って席を外す。もし、誰かがパソコンを盗もうとして、またはパソコンの中を盗み見ようとして、ノートパソコンを開くためにトレネを持ち上げて動かすと、スマホ画面に警告が出て、トレネからアラームが鳴るという仕掛けだ。
その際にアラームを気にせず、パソコンを持って逃げられたら、それを防ぐ手段はないが、とりあえず、周囲の人に何かが起こったことは知らせられるし、自分もスマホの画面でパソコンに誰かが触れたことに気づくから、それなりの対処はできる。そういう意味で、「カジュアル」な置き引き防止ツールなのだ。
「自分で使って恥ずかしくないものを作りたかった」とトレネの開発者である、キングジム開発本部商品開発部デジタルプロダクツ課リーダーの渡部純平氏は言う。「仰々しい形をした頑丈なロックや暴力的なアラームが鳴るものは、自分では使いたくない。でも、トイレに立つのに荷物を全部持っていくのもスマートじゃないし、だからといって置いていって、心配し続けるのも困る。その折衷案になる製品」(渡部氏)
小さいながら機能は充実
渡部氏のアイデアは、製品の細部にわたって行き届いている。例えば、アラームの音量も大・中・小・オフと4段階に切り替えられる。防犯だが、音量が大1種類だけでは、あまり目立ちたくない、迷惑をかけたくないと考える人や、大きな音を鳴らしたくない場所では使いにくくなってしまう。
「安心を買う製品」という渡部氏の言葉通り、ユーザーが安心できることが重要であり、そのために気軽に使えることが重視されている。
また、使ってもらわないと意味がない製品なので、なるべく手軽に使えるようにと、さまざまな工夫が凝らされている。使う際には、まず、トレネの電源を入れ、スマホにアプリをダウンロードしてトレネを登録。さらに、スマホとトレネがどの程度離れたら作動するか、どの程度の音量や振動で反応するか、といった初期設定が必要。しかし、この設定さえ行えば、基本的には後の操作がほとんど不要だ。
電源は入れっ放しでも2週間は持つので、出掛けるときに電源を入れてバッグに放り込んでおけば、後は、使いたいときにパソコンやバッグなど、置き引きされたくないモノの上にトレネを載せて、スマホのアプリを起動して席を立つだけ。
「なるべく操作しているといった意識なしに使えるようにしたいと考えた。だから、最初の設定以外は、スイッチ類も触る必要がないようにしたかった」と渡部氏。その意味では、電源ボタンも付けたくなかったのだそうだ。
「長時間使わないときの過放電防止などもあって、主電源ボタンは必要だった。それでも、毎日使うなら基本的には電源を入れたままで、数日置きに充電すれば済む。他は気にせず使えるようになっている」と渡部氏。
実際に使ってみると、スマホが近くにあれば作動せず、スマホが一定以上離れると自動的に作動するというスタイルは、本当に便利だ。まちがって自分でアラームを鳴らしてしまうことがなく、電源を入れずに席を立ってしまう失敗もない。スマホとトレネの距離の設定も、実際に自分でスマホを持って動くことで設定できる。数値ではなく、体感距離で設定できるのも、ユーザーの気持ちを理解していると感じた。
コンセプトは「ほんのちょっとの防犯」
「元は、工事現場のパイロンのようなものを想定していた」と渡部氏。試作品は、製品に比べると縦に長く、全体が光るようになっていてカッコいい。
「中に単4電池を入れる予定だったので、縦長のデザインを考えていたが、安定が悪く、紆余曲折を経て今の形になった。本当は乾電池式にしてコストを下げたかったが難しく、他の小さな電池ではアラームを鳴らすのに電力量が足りないこともあり、現在のリチウムイオン充電池に落ち着いた」(渡部氏)。コスト的には少し高くなったが、「最初に自分が欲しいと思っていた製品に仕上がって満足している」と渡部氏は笑う。
「日本だから成立する製品だと思う。米国だったら、こんなの防犯にならないって言われるだろうから」と、キングジム広報室の稲葉大力氏。その通りだろう。しかし、日本ではこの「ほんのちょっとの防犯」が、それなりに機能する。そして、使う側の「あまり大げさなことはしたくない」という感覚とも合うのだ。
筆者もトレネを使うときは少し照れてしまう。「もしアラームが鳴ったら嫌だなあ」と考えてしまう。トレネくらい、さりげなさを重視して作られていても、使う側としては照れるのだ。つまり、カフェなどでの置き引き防止製品としてはこのくらいが、日常的に使うギリギリのラインなのだと思う。そう考えるとトレネはよくできている。
実は、トレネはそーっと動かすとアラームが鳴らないこともある。しかし、カフェなどで、誰かがトレネをそーっと動かしていたら、それだけでアラームより目立つ。つまり、トレネを置いておく意味は十分あるのだ。
「ユーザーは、ノマドワーカーが多く、使用シーンもカフェや空港のラウンジといった場所が多いようだ。最初はクラウドファンディングに出し、予想以上の反応があった。ちょっとした安心が得られる製品の需要はあるのだということが分かったのもうれしいことだった」と渡部氏。実際に使うと、ちょっと照れるが、確かに安心できるのだ。
(ライター 納富廉邦)
[日経トレンディネット 2018年8月2日付の記事を再構成]
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