絶品ハンバーグ 肉をこねるほどおいしくなるのか?
男のハンバーグ道(2)
日本経済新聞出版社の新書、日経プレミアシリーズ『男のハンバーグ道』からの第2回。ハンバーグ作りのキモはこね方にあり、こねればこれるほどおいしくなる――。日本人にそんな「こね神話」があるという。著者は、ハンバーグのこね方について検証を始めた。
こね方が、ハンバーグのおいしさを決める――。よく耳にする言葉だ。
本稿を書くに当たり多数のレシピを調べたが、焼く前の工程、つまりひき肉に副材料を加えた「肉だね」の作り方に文字数を割いているものが多かった。
「こねる前に肉をしっかり冷やす」と書いてあったり、「手で粘りが出るまでこねる」、あるいは「手で○回ほど握るように練る」と具体的な数字で示していたり、「このような状態になるまで練る」と写真を提示していたりと、かなり細かく描写されている。やはり「こね方」こそがキモである印象を受ける。
ハンバーグは、肉だねを作って焼くだけ、というシンプルな料理だ(煮込みハンバーグなどもあるが、ここでは「焼きハンバーグ」を対象にする)。シンプルだからこそ、こね方の違いが如実に味に反映される。それゆえレシピでもこね方への言及が多くなる、ということだろうか。
そこで、まずはこねの問題を考えてみたい。最初にキモの部分をおさえておけば、ハンバーグとはいかなる料理かが見えてきて、それにふさわしい肉や副材料も考えやすくなるだろう、との読みである。では、なんのためにこねるのかを調べよう。その目的を知れば、いかなるこね方がベストか、どれぐらいの時間こねるべきか、といった課題に取り組みやすくなるはずだ。
ハンバーグはジューシーなほうがおいしく感じられるが、それを実現するには、2つのことが求められる。肉からたっぷり水分を引き出すことと、その水分をできるだけハンバーグ内に閉じ込めることだ。
たっぶり水分を引き出すには、一番最初に塩を入れる必要がある。
水分を閉じ込めるスポンジ構造を作るには、こねる必要があるが、食感が悪くなるのでこねすぎてはいけない。肉だねの温度が上がると、しっかりした構造にならず、またジューシーさに貢献する脂も溶けてしまう。だから、低温に保つことが最重要だ。そういう意味でも、手でこねないほうがいい――。
と結論づけて終わろうとしたところで、これとは違うやり方を推奨している本を見つけてしまった。小倉明彦・大阪大学元教授は『実況 料理生物学』(大阪大学出版会)で、「塩よりも先に水を入れろ」と教えている。
細胞液の塩分濃度は真水より高い。細胞が真水と接すると、細胞の内外は同じ濃度になろうとして真水は細胞内に流れ込む。いわゆる「浸透圧」というやつだ。その結果、細胞はパンパンに膨らみ、肉をこねたときに破裂する。細胞からDNAが出てきて絡み合い、のりの役割を果たしてくれるので、粘りやすい、というのだ。
もし水より先に塩を入れてしまうと、細胞の外の濃度のほうが高くなる。すると、浸透圧によって。逆に細胞から水が流れ出るので、こねても簡単には破裂しない。だから塩より先に水を加えろ、という理屈である。
まず塩を入れてこねるのを常識だと思っていた私には、「まず水を入れろ」という教えは衝撃的だった。
これはソーセージを作る実習で出てくるエピソードなのだが、教授は「ハンバーグもギョーザも同じことをするんだよ。水を入れてこねる」と発言している。「ハンバーグ求道者」としては試してみなければならない。
この本には分量の記述はなかったが、実際にやってみると、ひき肉は面白いように水を吸っていく。どれくらい吸うのか試したが、100グラムの肉に対し、なんと53グラムほどの水を吸った。
ひき肉をこねると、確かに粘ってくる。しばらくすると、薄い血の色をした液体がひき肉からにじみ出てきた。かまわずこね続け、塩を加えてさらにこねる。肉だねからは水分がにじみ出し、大変軟らかく、形が崩れそうだ。ただし、ぷるぷるとした独自の粘りがあるせいで、なんとか成形できる。
この肉だねを焼いてみたが、焼いているあいだもどんどん水分が出てくる。形も少し崩れ出した。肉がボロボロと崩れるというのではなく、重力で全体がゆがんでくる感じだ。焼く前は150グラムで、仕上がりは96グラムだから、焼く過程で約36パーセントの水分が失われたことになる。
食べてみると、確かにこれはものすごくジューシーである。一口目で「なにこれ。おいしい!」といわせるだけのインパクトがあった。
ただ、冷静に味わってみると、残念なことに肉そのものの味がかなり薄くなっている。出がらしのだしのような、味のない状態になっているのだ。水を添加しないものと比べると、肉の味に格段の差がある。
確かに、肉を完全にペースト状にしてしまうソーセージであれば、水を入れることは有効かもしれない。ハンバーグのように肉の粒を残し、ジューシーさとともに肉そのものの味も楽しむ料理だと、美点と欠点が共存する形となる。水を添加する場合、ジューシーさと肉のおいしさはトレードオフの関係となる。
ただし、これは53グラムという大量の水を入れた場合の話だ。少量の水を加えるだけなら、ほどほどに肉の味をキープしつつ、ジューシーにできる可能性もある。そこで、また実験である。100グラムのひき肉に対し5グラム、10グラム、15グラムの水を加えて、入れないものと比較してみた。
この4種類の肉だねを焼いて食べ比べたところ、結果は歴然としたものだった。家庭で行った実験でも1人は、0グラム、5グラム、10グラム、15グラムの順で肉の味がし、逆に15グラム、10グラム、5グラム、0グラムの順でジューシーに感じる、と見事なまでのトレードオフ関係だ。
このハンバーグを味わいながら、香味野菜や牛すね肉などからとったフォンドヴォーで肉を煮込む方法に2パターンあることを、私は思い出していた。
1つの方法は、肉が容易にかみ切れる程度に煮込んだら、もう火からおろしてしまう。これだと、肉自体の味もまだ残っており、それにだしの味がからんで、その両方を味わうことになる。
もう1つの方法は、肉の繊維が崩れるまで長時間煮込む方法だ。こちらは肉自体の味はすっかり抜けてしまうが、まるでスポンジのようになり、だしをたっぷり吸い込むことができる。肉自体はうま味を失っても、別途とられたうま味たっぷりのフォンドヴォーがしみ込むことで、食べたときに肉の味のなさを感じさせないのだ。
これをハンバーグに置き換えて考えてみよう。最初に水を多く入れてこねれば、壊れた細胞からうま味たっぷりのだしが流出する。この一部はスポンジ構造に保持されるものの、煮込みと違ってフォンドヴォーなどが添加されることはない。だから、肉の味のなさが目立ってしまうのである。
ジューシーだと人はおいしいと感じる。そしてジューシーにするには肉だねに水を加えるのが非常に効果的である。しかし、水を加えると肉そのものの味が失われる。肉の味が失われたハンバーグは、いくらジューシーでもそれほど美味には感じない。
そういうことだ。ジューシーでもおいしく感じられない以上、最初に水を入れることはしない。やはり、最初に塩を加えてこねる方法を採用したい。
ライター 1969年東京都生まれ。慶応大学経済学部卒業。出版社で週刊誌編集ののち寿退社。京都での主夫生活を経て、中米各国に滞在、ホンジュラスで災害支援NGOを立ち上げる。その後佐渡島で半農生活を送りつつ、情報サイト・オールアバウトの「男の料理」ガイドを務め、雑誌等で書評の執筆を開始。現在は山梨に暮らしながら執筆活動を行うほか、小中学生の教育にも携わる。著書に『なんたって豚の角煮』『男のパスタ道』『男のハンバーグ道』『家飲みを極める』などがある
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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