「週末はメール禁止」エスティローダー流の働き方改革
スー・フォックス日本法人社長に聞く
「エスティローダー」や「クリニーク」「M・A・C」を有する化粧品世界4位の米エスティローダー。日本法人のELGC(東京・千代田)は女性社員比率が94%と極めて高い。同社を率いるスー・フォックス社長が2017年8月の就任以来、腐心し続けてきたのが「働き方改革」だ。
ワークライフバランスを重視し、残業時間を削減。多彩な研修でキャリアアップを支援する。多様性が重視される今、社員個々のニーズに柔軟に対応できる環境整備が必要といい「女性たちに自信を持たせ、なりたい自分になれる道を開く」と話す。
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――エスティローダーは世界で4万6000人の従業員を抱えています。女性比率はどのくらいですか。
「84%です。取締役は17人中8人が女性です。日本法人であるELGCは社員2450人で、女性比率は94%。日本の企業としてはかなり高い比率でしょうね。美容部員らをのぞいた本部社員だけでみれば73%で、本部管理職では61%。役員は5人中3人です。こうした現状からすれば、女性のワークライフバランスに配慮するのは必然なのです」
――会社の歴史からいっても、女性の存在感が大きいです。
「とても大きいですね。1946年、叔父とともに会社を創設したミセス・エスティ・ローダーは社会に進出した女性の先駆者。起業家であり、偉大なリーダーでもありました。女性が活躍する企業精神はその後も受け継がれ、進化しています。最近うれしい知らせがありました。フォーブス誌が従業員1000人以上の企業に勤務する4万人を対象にしたアンケートで、エスティローダーは『2018年女性がもっとも働きやすい米国企業ランキング』で22位にランクインしたのです」
金曜夜から月曜朝までメール禁止 1年で残業を22%削減
――社長に就任して1年。さまざまな「働き方改革」を実施してきました。
「着任して以来ずっと、社員のワークライフバランスの改善について考えてきました。まず、着手したのは残業を減らす取り組みです。効率よく働いてもらえるよう、会議のやり方や決裁資料の管理についてガイドラインを設けています。私やリーダーたちは折に触れ、この点について社員にアドバイスしています。人事チームは効率の重要性を社員に再認識させるため、毎週、実用的なアイデアを伝えるほか、海外から集めた職場の生産性向上に関する記事を配布しています」
「今年はフレックスタイムとリモートワークを導入しました。水曜日はオフィスを午後5時半に閉め、金曜日の午後8時から月曜日の朝7時まで電子メールの送受信は絶対禁止。休日にはしっかり休んでほしいのです。生産性を上げるにはオンとオフでメリハリをつけないと」
――具体的な成果は上がっていますか。
「1年あまりで残業時間を22%削減しました。リモートワークは、利用可能な従業員の7割が利用するようになりました。たくさんの仕事を抱えている人にとって、いつでもどこでも仕事に集中できる、素晴らしいシステムだと私も思います。フレックスタイムは子供の送り迎えがある女性のスケジュール管理に貢献しています。子供や高齢の両親の面倒をみることは、今の社会では切実な問題ですから、会社はしっかり向き合わなければなりません」
――女性が多い職場で、管理職の育成はどう進めていますか。
「ニューヨーク本社が主導する研修プログラムから、数多くのカリキュラムを日本に合わせて導入しています。Eラーニングで勉強できるものも多数あります。いまは300人を対象としたインクルージョン&ダイバーシティの研修が終わったばかりです。また、アジアパシフィックの13の国・地域で、才能のある人を伸ばすためのリーダーシッププログラムも用意しています。それより下のマネジャークラスに向けたリーダーシップ・アクセラレーションプログラムもあります」
「面白いものとしては、今年実施したデザインシンキングがあります。市場の見方や接客などについて、各人がこれまでの考え方を変え、違う角度から検証していくものです。実際の戦略に大いに役立ちます。一連の研修受講者数は1年で2倍になりました」
ミレニアル世代にチャンスを与え、彼らから学ぶ
――ファッションでも化粧品でも、消費行動が従来と異なるミレニアル世代(若年世代)の攻略が課題となっています。
「弊社でいうミレニアル世代とは22~37歳の層を指しますが、ELGCの社員でいうと7割が当てはまります。彼らの意見を生かさない手はありません」
「日本では4月に、ミレニアル世代をターゲットにした『アイメンタープログラム』という研修を始めました。ミレニアル世代がリーダーのメンターになる、つまり若い世代が上の世代を教えるのです。例えばリーダーたちをクールなレストランや買い物場所に案内してもらいます。彼らの人生観やショッピングの仕方など、学ぶべき点がたくさんあります。そこから得たものをミレニアル世代への接客、商品企画、ブランディングなどに生かすのです」
――ミレニアル世代は働くことへの価値観も変化しているようです。意欲を引き上げるには何が効果的でしょうか。
「戦略を立ち上げるときには彼らに提言の機会を与えます。重要なことは、若い人にも決断権を与えることでしょうね。彼らのポジションでも会社を引っ張っていけるのだ、という実例を示すこと。弊社ではアイメンタープログラム受講者の中から4人を選抜して、8月に米国でグローバルな研修を受けてもらいます。また、19年に日本市場に新たに投入する新ブランドでは、売り場やコミュニケーションにミレニアル世代の社員の意見を反映させています」
――女性に長く働いてもらうために最も必要なことは何でしょう。
「サポートです。家庭を持っている女性、若い女性、高齢の両親の面倒を見ている女性と、抱える事情はさまざまです。だから個々のニーズに柔軟に対応できる体制の整備が重要なのです。私も昔からワークライフバランスを重視し、メリハリがきいた仕事をしてきました。米国、シンガポール、南アフリカ、英国など海外を飛び回ってきましたが、多くの人の支援でキャリアを積むことができました」
――昇進を望まない女性も多くいます。
「女性たちが自分の仕事に満足し、ハッピーならそれでいいのです。一方で、ELGCではさまざまなブランド、役職の中でリーダーになろうという人をサポートする準備があります。日本には、自分に自信がない女性が多いのかもしれません。私は女性たちに自信を持たせ、なりたい自分になれる道を開きたいと思っています」
(聞き手は編集委員 松本和佳)
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