2018/8/29

出世メシ

「周囲にまだ地雷が埋まるアルジェリア戦争後の夜道から助け出してくれたアルジェリア人が、家でご馳走してくれたトマトシチューとコーヒーも忘れられません」(玉村氏) 撮影協力:山の上ホテル

フランスのようにユースホステルにキッチンがない国でお世話になった安食堂では、周囲を見て、みんなが食べているものを食べました。そうすると、各地で普通の人たちが毎日、普通にどんなものを食べているかが分かってくる。それが面白い。

中国にも、まだあまり一般旅行客が渡航できない頃から行って、本当は自由行動はできないんだけど、北京の胡同(フートン、伝統的な民家の立ち並ぶ細い路地)に入り込んだりして、勝手に人の家の台所をのぞき込んでいました。家の中庭には、おじさんや子供がいて、「なんだ?」という顔をするんだけど、僕を止めはしない。台所では鍋の蓋を取って中を見たりして、すると「興味があるのか」と味見をさせてくれた。悪気を感じなかったんでしょう(笑)。

そもそもはパリで、言語学の勉強をするつもりだったんです。当時は、米国の言語学者ノーム・チョムスキーによる生成文法(チョムスキーが50年代に創始した文法理論)がはやっていた。コミュニケーションを取りたいという気持ちは世界中、誰もが同じように持つ欲求だけれど、言葉の形になるに従い、それまでの歴史などから無数の異なった言葉になってしまうと言っていて面白いなと思っていた。料理も同じなんです。

同じ気候風土でも国境をまたいだだけで、まるで料理が異なるなど無限の違いがある。フランスで食べるパスタはべちゃべちゃでも、国境を越えてイタリアに入ったとたんにアルデンテになるみたいな、そういう文化の違いがあるわけです。だけど、おいしいものを食べてみんなでニコッと笑えば、言葉が分からなくてもコミュニケーションができる。これは、言語学をやらなくてもいいやって勝手に理屈をつけて、料理にしか興味がなくなったんです。

玉村豊男(たまむら・とよお)
1945年、東京にて日本画家・玉村方久斗(たまむら・ほくと)の末子として生まれる。東京大学仏文科在学中にパリ大学言語学研究所に留学。通訳、翻訳業を経て、文筆業へ。1983年軽井沢町に移住。1991年より長野県東部町(現・東御市)に移り、農園を始める。2003年「ヴィラデスト ガーデンファーム アンド ワイナリー」をオープン。2014年日本ワイン農業研究所を創立。旅、料理、田舎暮らしなど幅広い分野で執筆活動を続けるほか、画家としても活躍。著書は最新エッセー『新 田園の快楽』(世界文化社)など。

(ライター 大塚千春)