超小型ゲーミングPC 開発者が感じた日中反応の違い
津田大介が注目するPC「GPD WIN2」(下)
ジャーナリストの津田大介氏が気になるモノやサービスに迫る本連載。前回(記事「超小型ゲーミングPC モバイル端末の新しい選択肢に」)に続き、GPD WIN2について取り上げる。GPD Technology社のWang Wade代表に、GPD WINが誕生した経緯や、新モデルGPD WIN2で力を入れた点、さらに日本と海外の反響の違いなどについて、話を聞いた。
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予想外だった日本の反響
今回、Wade氏に話を聞いたのは、渋谷駅のすぐ近くにある「東京カルチャーカルチャー」で開催された「GPDカンファレンス2018」の直後だった。GPD WIN2の日本代理店第一号となった天空(東京・新宿)が開催したGPDユーザー交流会だ。
当日、僕は山形で講演があったため、最初からみることはできなかったが(その代わりに新幹線の中で直前までGPD WIN2をあれこれ試させてもらった)、カンファレンスの最後をのぞくことができた。100人近いユーザーたちが、GPD WIN2のマニアックな使い方を披露したり、次世代機への要望をWade氏にアピールしたりする様子をみていると、彼らがGPDのPCに強い思い入れを持っていることがよく分かる。カンファレンス終了後も熱心なユーザーたちがWade氏を放さず、取材がなかなか始められなかったほどだ。
GPD Technologyは中国・深センに本拠を構えるベンチャー企業。2016年に発売したGPD Winで話題になった。
前回も記したが、日本はGPD WIN2のクラウドファンディングで、米国に次いで、世界で2番目に多くの資金が集まった国だという。日本ではずっと以前からゲームボーイやPSPなどモバイルのゲーム機が普及しているし、PalmTop PC110(日本IBM、「ウルトラマンPC」の愛称で親しまれた)やLibretto(東芝)などのコンパクトなノートPCには熱烈なファンがついていただけに、他にはないコンセプトを持つGPDのPCに対する反響の大きさもうなずける。だが、そんな日本の嗜好を知らないWade氏にとっては、日本での人気は予想外だったという。
「当初、PRに力を入れていたのはヨーロッパでした。ヨーロッパのゲームプレーヤーが集うコミュニティーなどで宣伝を行っていたところ、その情報を目にした日本人がクラウドファンディングに参加してきたのです。これはすごく意外なことでした」
GPD WIN2は、初代のGPD WINと同様、クラウドファンディングサイトの「Indiegogo」で募集されたプロジェクトだ。
「量販店で売るというルートがない中国では、ネットで販売するのは自然な選択です。その中で、クラウドファンディングを選んだのは、GPD WINというニッチなプロダクトに対する市場の反応を見たかったから。また、クラウドファンディングは、先に資金を集められて必要な分だけ製造できる。当社のような中小企業にとってはありがたい存在です」
クラウドファンディングを資金集め、そしてGPD WINのコンセプトに対する市場ニーズの見極めに活用したというわけだ。その上で、今回の日本のように、自分でも予想していなかったマーケットを見つけることができた。これも世界を相手にするクラウドファンディングのメリットだろう。
ユーザーと意見交換しながら開発
GPD WIN2は、前モデルのGPD WINから性能を大幅に強化している。CPUはIntel AtomからIntel Core m3-7Y30に変更。GPUはIntel HD Graphics 405からIntel HD Graphics 615へ、メモリーも4GBから8GBと2倍になっている。Wade氏もスペックアップはGPD WIN2の開発にあたって特に注力した部分だと話す。
「GPD WINの完成度は自分にとって非常に不本意で、次世代機を開発するとしたら、CPUをはじめとした性能面には特に力を入れたいと思っていました。さらに、部品にもこだわっています。GPD WINではほとんどの部品が中国製でしたが、今回は日本の部品も多く使用したので、前回評判が良くなかったキーボードやコントローラーの使用感も改善しました」
Wade氏によると、GPD WIN2は、SNSを活用してユーザーと積極的に意見交換をしながら開発していったという。
「中国では、SNSが日本以上に盛んです。ユーザーとはほぼ毎晩議論をして、USBやHDMIなど、『これをつけてほしい』と言われた要望はできる限り反映していきました。ときには、GPD WIN2の写真を公開して、背面に搭載したポートの並びをユーザーの要望で変更したこともあります」
日本でのカンファレンスでも、ユーザーから次世代機につけてほしい機能があげられた。
「たとえばゲームパッドに設置しているジョイスティックと十字キーの位置を入れ替えてほしいという要望がありました。世界で人気があるゲームは、ほとんどジョイスティックを使うので、GPD WIN2では、操作しやすいようにゲームパッドの一番外側に配置しています。しかし、日本で人気が高いゲームは、十字キーを使うことが多いので、日本の方にとっては不便なのでしょう」
そのほかに出た要望についても、「中小企業のGPDには体力的に難しいものも多い」とWade氏は苦笑する。僕もSIMカードを挿せるようにしてほしいとリクエストを出したのだが、パソコンの販売台数はスマートフォンよりずっと小さいので、コスト的に難しいという答えが返ってきた。ただジョイスティックと十字キーの位置については、ユーザーが自由に入れ替えられるようにするなどの改善を検討したいということだった。
日本人と中国人で異なる嗜好や用途
話を聞いていて面白かったのが、日本人と中国人ではGPD WIN2のようなデジタル機器に求めるものが違うということ。Wade氏にもその違いが印象的だったようだ。
「日本人は、パソコンやゲーム機が『長時間駆動する』ことを重要視しているように感じます。一方、中国人は、スピード面、いわゆるゲームの快適さなどを求める傾向が強いと思います」
GPD WIN2は、フル充電の状態で6時間以上ゲームをプレーできる。「3時間持てば良いと思っていた」と話すWade氏だが、それを大幅に上回っている。だが、それでも日本では「もっと長く使いたい」というニーズが強いという。
また、GPD WIN2に興味を持つ理由も日本と中国では異なる。
「中国では任天堂などのゲーム機が販売されていなかった背景があり、長年中国人はキーボードやマウスを使ったパソコンのゲームに親しんできました。そのため、GPD WIN2も、純粋にパソコンゲームを楽しむポータブル機として利用しています。一方、日本人はあまりパソコンゲームをやりません。それでもここまで人気が出たのは、GPD WIN2自体に、興味を持っていただけたのだと思います」
中国人は、「GPD WIN2でパソコンゲームをプレーする」という明確な用途があって購入している。一方で日本人は、ゲームパッドがついたWindows機というGPD WIN2のコンセプト自体を面白いと思っているユーザーが多いということか。
深センで生き残るために
これだけこだわったゲーミングPCを開発したWade氏だけに、昔からテレビゲームが大好きだったのだろうと、子どもの頃に好きだったゲームをたずねると、「私の家は貧しかったのでゲームを買うお金はありませんでした」という答えが返ってきた。本格的にゲームに触れたのは大人になってから手に入れたPSPのシューティングゲームだそうだ。
そんなWade氏がGPD WINを開発した理由は「深センで生き残れるニッチな市場を探し求めた結果」だという。深センは華為技術(ファーウェイ)や騰訊控股(テンセント)などの世界的な企業から意欲的なスタートアップまで多くの企業が集まる大都市。その分、競争は非常に激しいのだろう。そんな深センで、どう生き残っていくかを模索する中で生まれたのがGPD WINというわけだ。「ニッチな市場に切り込めるのが中小企業の強みですから」
「若者が集う深センでは、自分は年長者」と笑うWade氏は現在43歳。僕と同世代だ。天安門事件が起きたのは1989年。小さな漁村だった深センもこの30年で、中国有数の大都市に急成長した。中国が大きく変化していく時代を、Wade氏は多感な年代から経験してきたことになる。そんなWade氏が、若者が集まる深センで次に何を生み出すのか。同世代としても興味があるところだ。
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。「ポリタス」編集長。1973年東京都生まれ。メディア、ジャーナリズム、IT・ネットサービス、コンテンツビジネス、著作権問題などを専門分野に執筆活動を行う。主な著書に「ウェブで政治を動かす!」(朝日新書)、「動員の革命」(中公新書ラクレ)、「情報の呼吸法」(朝日出版社)、「Twitter社会論」(洋泉社新書)、「未来型サバイバル音楽論」(中公新書ラクレ)ほか。2011年9月より週刊有料メールマガジン「メディアの現場」を配信中。
(編集協力 藤原龍矢=アバンギャルド、写真 渡辺慎一郎=スタジオキャスパー)
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