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生肉と格闘、ハンバーグ責め地獄 うまさ追求への執念男のハンバーグ道(1)

ハンバーグは、とろけるチーズを入れて焼き、トマトソースをかけ、目玉焼きをのせても、ハンバーグである かように懐が深い=PIXTA

ハンバーグの歴史を根源までたどれば、原始時代、捕まえた獣の硬くて食べられない部分を、石などですり潰して食べたことに始まるだろう。小規模な集団であっても、序列はあったはずだ。最高の部位、つまり内臓やそのまま食べられる軟らかい肉は、力のある者が食べた。咀嚼(そしゃく)できないほど硬い肉や腱(けん)は、序列の低い者がすり潰すなどして食べたのではないか。だとすれば、ハンバーグはその誕生時から「権力を持たぬ人たち=庶民の料理」だったといえるかもしれない。

のちにヨーロッパでハンバーグという「料理」が成立するときも、それは庶民の料理として始まった。この庶民の料理という性格が、私が実験をくり返し、「どっちがおいしいといえるのか」を考えるときの道しるべになってくれたように思う。

油断していると、ハンバーグという料理はどんどん拡散してしまう。常に「何をもってハンバーグといえるのか」と自問し続ける必要がある。

たとえば、『男のパスタ道』で取り上げたペペロンチーノは、最初から食材の種類が限定されている。基本的にはパスタ、塩、オイル、ニンニク、唐辛子だけだ。その制約の中で技をきわめる料理だからこそ、私は「求道者のパスタ」と呼んだ。

一方、ハンバーグはもっと懐が深く鷹揚(おうよう)だ。

ペペロンチーノにとろけるチーズを入れて、トマトソースをかけ、目玉焼きをのせたら、100人が100人、ペペロンチーノとは認めないだろう。では、まったく同じことをハンバーグにしてみよう。肉だねにとろけるチーズを入れて焼き、トマトソースをかけ、目玉焼きをのせたら、どうだろう。「ハンバーグとは認めない」と却下するどころか、「ハンバーグそのものだ」と多くの人は思うのではないか。ペペロンチーノに比してハンバーグの懐の深さがよくわかる。

ただ、面白いことに、そんなハンバーグも形状に関しては偏狭だ。ハンバーグと同じ肉だねをボール状に成形して焼き、ドミグラスソースをからめたら、ミートボールと呼ばれ、決してハンバーグと認められることはない。逆にいえば、ハンバーグと認められる形状さえクリアしていれば、肉だねの中身やソースは問われないのだ。

だから、いろんな副材料を混ぜることができる。現代日本のハンバーグの基本的な材料は、焼き肉、パン(パン粉)、牛乳、卵だが、工夫したレシピやおいしくする裏ワザなどを見ると、粘りを出しジューシーにするために寒天やゼラチンを入れたり、コクを出すためにチーズを入れたり、うま味を増すたっめにスープの素を入れたりと、さまざまな材料を足していくものが多い。

「足し算」路線の可能性を探るために、私もいろんな副材料で試してはみたのだが、途中でぬぐいがたい違和感をおぼえるようになった。粘りを出して成形しやするするには〇〇、ジューシーにするには〇〇、よりうま味を増すには〇〇、と足し算していくと、ハンバーグの本質を見誤る気がした。

本稿では最も基本的な食材だけで作ることに決めた。もちろん、何が基本なのか、という問題は考える必要があるが、それに際しては「庶民の料理」という性格がヒントを与えてくれることだろう。

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