ヤスデを食べて股間に毒を塗る? キツネザルの奇行
毒があるヤスデを口でかんでは、尾や生殖器周辺の毛に擦り込むというアカビタイキツネザルの変わった行動がマダガスカルのキリンディ森林保護区で観察されている。発見したのは動物行動学者のルイーズ・ペッカー氏。2016年11月のことだ。一体どういうことなのか?
そのキツネザルは、しまいには、ヤスデをのみ込んでしまい、さらにはヤスデをもう2匹見つけ、まったく同じことを繰り返した。終わる頃には、唾液とヤスデのオレンジ色の分泌物が混じった泡状の液体で、下半身がぐっしょり濡れていた。
同じ日、ペッカー氏はさらに2つの異なる群れの5匹のキツネザルが、同様の奇妙な行動をとるのを目撃した。これまで、アカビタイキツネザルがヤスデを食べているところも、体中にこすりつけるところも観察されたことがなかった。
ドイツ霊長類センターでキツネザルのコミュニケーションを研究するペッカー氏は、確実なことはまだ言えないとしながらも、アカビタイキツネザルがヤスデの毒を寄生虫対策の薬として用いているのではないかとする論文を、2018年7月30日付け学術誌「Primates」オンライン版に発表した。
ヤスデで寄生虫対策?
なぜアカビタイキツネザルが生殖器に毒をこすりつけるのかを理解するためには、この種が他のキツネザルよりも多くの消化管寄生虫を抱えているということを知っておかなければならない。
しかも、寄生虫が卵を産みつけるために肛門から出てくると、周辺の皮膚にかゆみを伴う発疹ができることもある。
研究によれば、ヤスデが分泌する毒性物質の一つに、殺虫効果と抗菌効果をもつベンゾキノンというものがある。ヤスデはおそらく捕食者から身を守るためにベンゾキノンを利用しているが、どうやらキツネザルは、それを薬として使う方法を学習したようだ。
米バージニア工科大学でヤスデを研究する昆虫学者デレク・ヘネン氏は、キツネザルがヤスデを執拗にこすりつけるのは賢いやり方だと言う。
「外的ストレスを与え続けることで、ヤスデに多くの毒を分泌させられます」とヘネン氏は言う。「次の毒を作るのには時間がかかります。少々のことで一気に毒を放出してしまうのは、ヤスデにとって優れた防御戦略ではありません」
ペッカー氏によれば、次のステップは、アカビタイキツネザルに寄生する虫を、ベンゾキノンが殺したり防いだりするのかを実験によって示すことだ。
食べる事例は初めて
セルフメディケーション(自己治療)を行っていると思われる動物は、アカビタイキツネザルだけではない。
たとえば最近では、オランウータンが抗炎効果のある葉を噛みちぎり、皮膚に塗っていることが発見された。他のキツネザルや、チンパンジー、ヒグマ、ハリネズミ等も、薬効があると思われるものを体に塗りこむ「セルフ・アノインティング(self-anointing)行動」で知られる。
「植物を利用する生物もいれば、アリを利用する生物もいるし、ヤスデを利用する生物もいるということです」と、京都大学霊長類研究所のマイケル・ハフマン氏は語る。
ただし興味深いことに、薬効を利用するためにヤスデをのみ込んでいるという報告は今回が初めてだとハフマン氏は言う。普通は局所的に塗りつけるだけだ。
ヘネン氏も、動物が薬効目的でヤスデを食べる事例は知らなかったという。
何のために食べるのか?
アカビタイキツネザルにとって、ヤスデは食物として価値が高いとは思われないため、ヤスデを食べるのには何か理由があるはずだとペッカー氏らは推測している。具体的には、ヤスデを摂取することが寄生虫の感染予防に効果があるのではないかと考えている。
なぜアカビタイキツネザルが毒を持つヤスデを食べても平気なのかは明らかになっていないが、こする行動が毒を中和している可能性がある。似たような行動は鳥でも知られており、蟻酸と呼ばれる毒を分泌するアリを羽にこすりつけることで、食べても問題ないようにしていると考えられている。
不思議なことに、アカビタイキツネザルの体内の寄生虫の数がピークを迎えるのは雨期の始まりだということが糞の分析からわかっているが、雨期の始まりはまさに、1年の内でヤスデが地中から多く出てくる時期でもある。まるで、サルたちが最も必要としているときに、彼らのための薬局が出現するようなものだ。
一方、動物における自己治療を多く研究してきたハフマン氏は、動物が先のことを考えているという点に関しては懐疑的だ。
「端的に言うと、動物が予防的なケアを行っているという証拠はありません」とハフマン氏は述べる。
とはいえ、地球上のあらゆる生物は病気や寄生虫に悩まされるものだ。だから、それぞれの種が「不快感に対処し、『通常の』状態に戻る」ための方法を見つけるというのは不思議なことではない。ただし、動物たちが意図的にそれを行っているという証拠はない。
ペッカー氏は、キツネザルを取り巻く多くの謎が、彼らが暮らす生態系を守るのに役立ってくれないかと期待する。世界の霊長類研究者が集った最近の会議では、キツネザル種の95%が絶滅の危機に瀕していることが確認されている。
「私たちが住んでいる場所では、どんどん森林破壊が進んでいます」とペッカー氏は言う。「ここでは、研究をすること自体が闘いなのです」
(文 Jason Bittel、訳 桜木敬子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2018年8月7日付]
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