チノパン、細すぎはNG シルエット競うなら深めの股上SEPTISオーナー 玉木朗さん

SEPTISオーナー 玉木朗さん
SEPTISオーナー 玉木朗さん

ビジネスでもカジュアルでも使えるアイテムの筆頭格「チノパン」。元は軍服で、米軍将校も制服として着ていた万能服だ。とはいえ、チノパンのコーディネートは、ともすれば画一的になりがち。そこで今回は、東京・三軒茶屋のセレクトショップ、SEPTIS(セプティズ)の玉木朗さん(62)に話を聞いた。玉木さんは1970年代、チノパンが日本で普及しはじめたその瞬間を、東京・上野のアメ横で見てきた。メンズファッション界の重鎮が語る、チノパンがスタンダードである理由、オン・オフでのかっこいい着こなしのコツとは――。

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■1970年代に「綿パン」が「チノパン」に

――チノパンがオンスタイルでもオフスタイルでも支持されています。そもそも日本での流行はいつごろだったんでしょうか。

「チノパンという呼び方自体は1970年代中ごろまでは日本に存在しなかった。それまでは皆さんご存じ、いわゆる『綿パン』と呼ばれていたんだ。日本で『チノパン』が知れ渡ったのは、雑誌『メンズクラブ』が紹介したのがきっかけ。たしか73年か74年あたりかな。で、『これが本物か』って認識できるようになったのがだいたい75年ぐらい。当時、僕はアメ横にいたから間近で見ることができた。そして流行が本格化したのは75年。『 Made in U.S.A catalog 1975 』(読売新聞社)というカタログが出てからだね。それがやおら受けちゃって、米国製品ブームが始まっていった」

――トレンドのほとんどは一過性に終わりますが、チノパンがそうならなかったはなぜでしょう。

「当時チノパンの流行も現象としてはトレンドだったかもしれない。だってみんな持ってなかったんだもん。ところがそれ自体が思いっきりスタンダードなものだったから、横に退ける必要がなかったんだよ。はかなくなった人ももちろんいたと思うけどね。でもゼロにはならなかった」

玉木さんはチノパンが米国から日本にやってきた瞬間を、アメ横でリアルに見てきたメンズファッション界の重鎮

■形を変えずに残り続けているもの

「チノパンもアメカジ(アメリカンカジュアル)と大くくりにされるけど、アメカジの中でもスタンダードクロージングとされるものがある。例えば白のボタンダウンシャツだとかコンバースのスニーカー『オールスター』、リーバイス(リーバイ・ストラウス)のジーンズ『501』のような、形を変えずに今も残っているもの。それらはご飯でいったらお米。要するにチノパンは土台なんだよ。その上に構築するものがおかず、すなわちトレンド。ギョーザが好きという人も三食は食べられないでしょ。」

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