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倒産しても「我が師匠」 鎌倉シャツ会長のVAN盛衰記 メーカーズシャツ鎌倉 会長 貞末良雄氏(3)

2018/8/26

メーカーズシャツ鎌倉会長 貞末良雄氏

「鎌倉シャツ」で知られるメーカーズシャツ鎌倉(神奈川県鎌倉市)の貞末良雄会長の原点、ヴァンヂャケット(VAN)。アイビールックで一世を風靡、日本の高度成長期を掛け抜けたVANの全盛期は長くなかった。同社は78年に倒産、貞末会長がメーカーズシャツ鎌倉を起業するのはその15年後のことだ。VAN創業者の故石津謙介氏を貞末会長は今も「先生」と呼ぶ。

《連載一覧》
(1)「幻のTPP」が生んだ純国産 鎌倉シャツ、狙うは海外
(2)大切なことは全部、VANで学んだ 鎌倉シャツ会長
(4)装いは礼節の一歩 軽視して成功なし 鎌倉シャツ会長




――1960年代、流行を生み出し続けたVANは74年に売上高450億円を記録しました。ただ、右肩上がりの業容拡大のなか、組織の緩みが出てきたといいます。

「売上予算よりも3割以上も多く、仕入れ商品を発注していた年もあります。VANの担当者が取引先の工場に入り浸って、過剰接待を受けたり、リベートを受け取ったりしていたのです。私は大阪で倉庫管理をしていたので、ほころびも見えやすかったかもしれません」

――総合商社から資本を受け入れ、担当者の派遣も受け入れました。貞末さんも東京本社へ異動となります。

「石津先生が大阪の倉庫を視察に訪れた際、『こんな品物が売れると思うかね?』と言いながら新しいバッグを引き裂いてしまったことがありました。自分の理想としている方向に、会社が向いていっていないこと対するいらだちが伝わってきました」

石津謙介氏(右)と貞末良雄氏 (c)関戸勇
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