大切なことは全部、VANで学んだ 鎌倉シャツ会長メーカーズシャツ鎌倉 会長 貞末良雄氏(2)

2018/8/19
メーカーズシャツ鎌倉会長 貞末良雄氏
メーカーズシャツ鎌倉会長 貞末良雄氏

最も重要なエッセンスは襟にある――。アイビールックの象徴、ボタンダウンシャツについて、「鎌倉シャツ」で知られるメーカーズシャツ鎌倉(神奈川県鎌倉市)の貞末良雄会長はこう説く。そのこだわりは強く、発明された19世紀当時のモデルを、現代人のテイストにマッチさせたボタンダウンの商品化を決めたほどだ。そんな貞末氏が自らの出発点と語るのが、戦後日本のメンズファッションをリードしたヴァンヂャケット(VAN)だ。

《連載一覧》
(1)「幻のTPP」が生んだ純国産 鎌倉シャツ、狙うは海外
(3)倒産しても「我が師匠」 鎌倉シャツ会長のVAN盛衰記
(4)装いは礼節の一歩 軽視して成功なし 鎌倉シャツ会長




――VANの創業者、故石津謙介さんは1960年代、米国東部の名門8大学「アイビーリーグ」の学生のファッションを「アイビースタイル」として紹介し、一世を風靡しました。

「VAN がドレスシャツとしてボタンダウンを発売すると、瞬く間に高校生や大学生に浸透していきました。私は66年から78年まで、石津先生の下で働きました。VANでは最後、統括本部長兼物流部長でした」

――貞末さんは大学卒業後、電機メーカーに就職したにもかかわらず、VANに転職しました。

「山口県柳井市の生家が、江戸時代から続く藩お抱えの呉服商でした。いわゆる『商人道』を父から聞かされていました。大卒後は2年間、電機メーカーの研究室にいて、ノーベル賞を取れるほど自分の頭が良くないことも分かりました(笑)」

山口県柳井市の生家は江戸時代から続く藩お抱えの呉服商。「商人道」を父から聞かされていた
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