酷暑でも快眠 カギは睡眠前半の扇風機・エアコン活用
ストレス解消のルール(2)
記録的な酷暑となっている今年。「眠れない」という声が続出している。「不眠」は日中のパフォーマンスを落とし、活動を制限してしまう立派なストレスだ。そこで、健康ジャーナリストの結城未来が、環境が人の体にどう影響を及ぼすかを研究し続けている九州大学の安河内朗名誉教授に、「酷暑による不眠ストレス解消」のヒントを教わった。寝苦しさ脱出の決め手は「放熱」、体内にたまった余分な熱を逃がすことだそうだ。
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今年の暑さは様子が違う。命に関わるくらいの暑さだ。そこで研究データを基にした「酷暑による不眠ストレス解消」術について、生理人類学や人間工学を専門とする安河内さんにヒントをいただくことにした。
…というのも、連日「体を冷やす」ための対策などが各メディアで紹介されているが、過去に痛い目にあっている私はそんな情報にはマユツバ状態。例えば「体を冷やす」とうたう寝具を試したときも、汗を吸収せずにムレるわ、寝返りを打つたびに汗の池に飛び込むことになるわ、日に干せない素材だったため汗とカビ臭さのオマケ付きで眠れぬ日々を迎えることに。結果はもちろんすぐにお蔵入り。だからといってエアコンばかりに頼れば、「具合が悪くなるのではないか!?」「喉を痛めるのではないか!?」などと抵抗を感じる人も多いだろう。体調を崩さずに、「酷暑による不眠ストレス解消」を実現するには、どうしたらよいのだろうか?
酷暑でもぐっすりのカギは「放熱」
―安河内さん「酷暑でも快眠を得る決め手は、体内リズムに合わせた『放熱』です。誤解しないでいただきたいのは、体を冷やすのではなく、『体内にたまった余分な熱を逃がす』ことが大切なのです。
人間の体は眠る前から深部体温(体の奥の体温)がスムーズに下がっていくことで早く眠りにつけ、深い睡眠に入りやすい体内リズムになっています。室温も体温も上がりがちな熱帯夜ではこれが困難なため、寝つきにくくなるのです」
つまり、こうだ。体の中では体が熱をつくる「産熱」と、体の外に熱を逃がす「放熱」が常に行われている。このバランスが崩れたときに熱中症の危険が増す。深部体温が下がりにくくなるため、寝つきも悪くなる。そのため、熱帯夜では「積極的な放熱作業」が必要になるのだ。
汗をいかに上手に蒸発させるか
では、余分な熱を体から「放熱」するには、どんな工夫が必要なのだろうか?
―安河内さん「『汗を蒸発させること』につきます」
「汗はかかないほうが涼しい」というイメージがあるのだが…。
―安河内さん「『汗』は蒸発するときに体から熱を奪って(気化熱)、体内の温度を調節してくれる大切な『体温調節機能』です。ただし、汗をかいても流れ落ちたり寝具に吸収されたりしてしまうと、放熱の役には立ちません」
なるほど。汗は、人間が生まれながら持っている「体のクーラー」なのだ。上手にコントロールしなければ、室内のクーラーとダブルになると、かえって体を冷やし過ぎてしまい体調を崩す原因になる。
―安河内さん「人にもよりますが、真夏の睡眠中にかく汗の量は約1リットルともいわれています。このうちどのくらいの汗を蒸発させるかが放熱のカギ。仮にコップ2杯分(360mL)の汗が体から熱を奪って蒸発したなら、(1gの水の気化熱を約540calとすると)19万4400cal(194.4kcal)の熱を放熱できたことになるんです。これは、50分余り軽いジョギングをしたときに体内で発生する熱量と同じ程度なんですよ」
それだけの熱を体にためこむか、それとも体から逃がすかでは、確かに大きな違いだ。体内に余分な熱をためこみがちな酷暑。いかに汗を蒸発させて、上手に放熱するかがポイントとなるようだ。
―安河内さん「汗を効率よく蒸発させるためには、『気流』が大切です。
暑いときにうちわであおぐと涼しく感じますよね。これは、うちわの風で冷やしているわけではないのです。体の表面近くの湿気をうちわの風が追い払うことで汗の蒸発量を高め、結果的に多くの気化熱を奪うから涼しい。風のある日に洗濯物が乾きやすいのと同じ原理です」
…ということは、寝室では気流をつくる扇風機が良さそうだ。体を冷やし過ぎないので、実は私も愛用中。
―安河内さん「そうそう。扇風機の風量は小さくても効果がありますよ。首振り機能を使って全身を定期的に風でなでれば、効率よく放熱できます。私は顔に風を当てると喉を痛めるので、足元の斜め後方に扇風機を置いて首振り機能を使っていますよ」
エアコンで湿度を下げる工夫も
となると、エアコンを使わず、汗を出せる状態が健康に良さそうにも思えるが?
―安河内さん「いやいや、ここまで暑くなったら、エアコンを上手に使ったほうがいいですよ。室温だけでなく湿度のコントロールに役立ちます。同じ気温でも、湿度の低いカラリとしたハワイとじめじめした日本の梅雨では、快適度が違いますよね。湿度が高いと、汗の蒸発量が減ってしまうからなのです。汗の蒸発量が少ないと放熱量も少なくなるので、蒸し暑く不快に感じてしまいます。特に酷暑では、エアコンなどで部屋の湿度を下げて、眠る環境を整えることも大切です」
では、エアコンでは「除湿(ドライ)モード」が良いのだろうか? エアコンを発売しているパナソニックにも聞いてみた。
―パナソニック「除湿モードは『湿度を下げること』が主目的となります。基本的には弱冷房運転のため、室内外の温度が高い場合には室温調整が追いつきません。除湿モードは、梅雨時期の湿気が気になるような場合での利用をお勧めします」
酷暑では除湿モードよりも冷房のほうが良さそうだが、しっかりと除湿できるのだろうか?
―安河内さん「気温が高いほど、空気が保持できる水分量は増加します。冷房では、室内の温かい空気を吸い込み冷やして熱を取り除きます。同時に、冷やすことで空気中から追い出された水分を室外へ排出します。例えばこの時期、冷たい水をコップに入れるとすぐに外側の空気は冷やされるので、空気から追い出された水分がコップについて結露するのと同じ原理です。
こうやって熱と水分を取り除いた空気が室内に戻されているのが、冷房機能です。つまり、冷房では、室温だけでなく室内の湿度もしっかりと下げているのですよ」
冷房で除湿ができることは分かったが、そのときに汗が蒸発して「放熱」しているというイメージはない。このあたりはどうなのだろう?
―安河内さん「放熱に関して、誤解があるようですね。24時間どんな状態でも体からは放熱されているんです。そうでないと、体内でつくられる熱がどんどんたまってしまい、体温は上昇する一方ですからね。エアコンをつけると涼しく感じるのは、放熱が促進されるからです」
エアコンのきいた室内では汗をかかないイメージがあるが…。
―安河内さん「汗をかいていないように見えるだけですね。低湿度と気流によって汗が次々に蒸発すれば、皮膚がぬれることはありませんから」
では、エアコンをどう使えば、体に優しい眠りを実現できるのだろうか?
―安河内さん「日中、強い日差しで壁にためこまれた熱が、夜中に室温を上げる一因になっています。眠る前の準備として、強めの冷房で部屋を冷やしておきましょう。壁を触って十分に冷えているか確認をしたら、睡眠のために冷房を弱めてください」
マンション住まいの私。確かに、コンクリートが熱を抱きこむらしく、帰宅後に室内の壁を触ると、かなり熱い。睡眠前には寝室を低めの温度で冷やして準備をしておくことが大切だ。また、その際に、クローゼットなどの扉も開け放して、中の熱気も追い出しておこう。
エアコンは一晩中つけても問題なし
それでは、睡眠中はどうすればよいだろう?
―安河内さん「これだけの酷暑ですからね。熱中症予防のためには、エアコンを一晩中つけておくことも大切です。体内リズムを考慮した使い方をし、体に直接エアコンの風が当たらないように工夫すれば、簡単に体を壊すことはありません」
体内リズムとは、日中は活動、夜は睡眠といった一日の活動度の変化と連動したリズム。体温もこの変化に連動したリズムを持ち、時間帯によって変動する。
―安河内さん「体内リズムで見ると、眠る前から徐々に深部体温が下がれば、スムーズに眠りやすくなります。ただ、夜明け前あたりに深部体温は最低になり、以降は日中の活動に備えて深部体温が上がっていく必要があります。外気温も下がっているこの時間帯に室温を下げ過ぎてしまうと、深部体温がなかなか上がらないので体調を崩す原因にもなるのです。
今は、『睡眠モード』を備えたエアコンも多い。中には、入眠時は設定温度よりやや低く、その後段階的に少しずつ温度が高くなるよう制御されるものもあり、冷え過ぎないようになっていると思いますよ。そういった機能がないエアコンなら、弱めの風量と高めの温度設定、さらには体に直接風が当たらないように羽根の向きを変えて使用するとよいですね」
パナソニックにも、聞いてみた
―パナソニック「私どもにも『おやすみ運転』があります。就寝からお目覚めまでの温度制御パターンを設定したり、おやすみ中の体の動きと連動して快適な室温に自動でコントロールする機能を持ったエアコンもあります」
それでも、一晩中エアコンを使うことに抵抗を持っている人は多いはず。かくいう私も、エアコンをつけっ放しで寝ていたら、すぐさま喉をやられ、風邪をひいたというトラウマから、「体に優しい」と言われても、エアコンのつけっ放しには抵抗がある。
―安河内さん「それなら、睡眠前半だけ、エアコンや扇風機を使いましょう。ここで湿気を抑えて気流をつくり、汗を蒸発させて積極的に放熱します。朝方にエアコンが切れていれば、体温上昇を自然に助けることができます」
つまり、睡眠前半は「放熱促進時間」、後半は「放熱を抑える時間」ということらしい。
東北福祉大学感性福祉研究所の水野一枝研究員の実験でも、睡眠前半と後半のどちらかで約4時間エアコンを使用した場合、前半にエアコンを使ったほうが深い睡眠をとれるという結果が出ている。逆に後半だけ使用すると、前半で出た汗でぬれた髪や体にエアコンの冷風が当たり、一晩中エアコンを使うよりも体を冷やし過ぎるうえ、前半後半共に目覚めやすくなるという。
パジャマは「半袖半ズボン」がお勧め
他にも「酷暑による不眠ストレス解消」のために気を付けなければいけない点はないだろうか?
―安河内さん「パジャマは半袖半ズボンがいいですね。熱は体の表面から逃げるので、体表面積は放熱の重要な要素です。
体表面積は一般的な成人男性(170cm、65kg)で新聞紙でいうと約8ページに相当。このうち、熱を逃がすのに効果的な部位は全身の表面積の約54%を占める手・腕と足・脚です。ここはできるだけ外に出しておきましょう」
汗を吸うためや冷風を直接体に当てないために「長袖が良い」というイメージもあるかもしれない。でも、「放熱」という点から考えれば、半袖半ズボンのほうが良いのだ。ただし、直接風が当たって冷え過ぎないように羽根の向きを変えたり、風量を弱めにしよう。
―安河内さん「せっかく扇風機などで気流をつくっても、通気性が悪いと、衣服内で水蒸気が飽和状態になります。つまり、こもってしまい蒸発できなくなるので、放熱がストップしてしまいます。通気性の良い素材を選びましょう」
この暑さでは「冷感」「冷却」という言葉に飛びついて、「通気性」のことを忘れがちだ。
通気性の良し悪しは繊維の種類だけでなく、織り方も大切。また、通気性の高さは気流がある状態で発揮されやすい。目の粗い布で作ったパジャマや、通気性の高さを検証してうたった寝間着を、エアコンや扇風機などで気流をつくった空間で着用すれば、効率よく放熱できる。さらに「通気性」に加えて「吸湿性」「速乾性」も見直して、ムレやべたつきを抑えれば、寝苦しさの軽減にもつながる。
―安河内さん「もちろん、眠る前にしっかりと水分をとっておきましょう。脱水症状対策も重要ですからね。夜中に喉が渇く可能性もありますから、ベッドの近くに水を用意しておくことも忘れずに」
日中の酷暑で弱った体を元気にする眠りのキーワードは「体内リズムに合わせた放熱」だ。上手に実現して不眠ストレスを解消し、体を守ってほしい。
(1)「冷やす」のではなく「放熱」で体を守る
⇒体にたまった過剰な熱を外に出すために、「汗を蒸発させる」工夫をしよう
(2)「気流」と「除湿」がポイント
⇒エアコンや扇風機で「気流」をつくり、「除湿」を行えば、放熱が進む。ただし、睡眠中は高めの温度と弱めの設定で体の負担を和らげよう
(3)エアコンや扇風機は体内リズムに合わせた使用法を
⇒一晩中エアコンを使うことに抵抗があるなら、タイマーで4時間後に切れるように設定して、睡眠前半に「積極的な放熱」を促そう。深部体温をスムーズに下げて体内リズムに合わせた快適な睡眠を実現できる
(4)「睡眠後半」は「体温上昇」で健やかな目覚めと活動につなげる
⇒睡眠後半には室内を冷え過ぎないように考慮。この時間に体を冷やさないことが、健やかな目覚めと活動につながる
(5)パジャマや寝具に「通気性」は必須。「吸湿性」「速乾性」も見直そう
⇒半袖半ズボンのパジャマは「通気性の良い」素材なら、「放熱」を助けてくれる。さらに「吸湿性」「速乾性」があるかもチェックしよう
九州大学名誉教授。1976年九州芸術工科大学卒業後、大学院などを経て同大工業設計学科助手。労働省産業医学総合研究所在所中に86年理学博士(京都大学)。90年九州芸術工科大学助教授、99年同教授、2005年九州大学(03年に九州芸術工科大学と統合)大学院芸術工学研究院長となり、08年同大副学長、09年より同大主幹教授、18年3月定年退職。専門は生理人類学、人間工学。
エッセイスト・フリーアナウンサー。テレビ番組の司会やレポーターとして活躍。一方でインテリアコーディネーター、照明コンサルタント、色彩コーディネーターなどの資格を生かし、灯りナビゲーター、健康ジャーナリストとして講演会や執筆活動を実施している。
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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