「ニュースのなぜ?」を日本経済新聞の編集委員が解説します。今回は、真夏に開かれる東京五輪についてです。
東京五輪の期間は7月24日~8月9日。まさに「酷暑五輪」が予想されます。湿度の高い日本は熱中症のリスクが格段に高く、選手や観客らへの暑さ対策が「急務の課題」(安倍晋三首相)に浮上しました。
甚大な影響を受けるのがマラソンです。選手に配慮し、スタート時間を午前7時に前倒しすると決めたほか、路面の温度上昇を抑える特殊な舗装工事や沿道の緑化を進めています。それでも真夏には午前7時でも厳しい日差しが照りつけるため、不安は消えません。
全国一律で時間を早めるサマータイム(夏時間)導入案も浮き沈みしています。安倍首相は自民党に検討を指示する考えを示しましたが、日常生活への影響が大きく容易ではなさそうです。
気温が下がる秋の方が選手や観客にとっては望ましいでしょう。実際、1964年東京五輪は夏の暑さを避け、秋晴れの広がる10月10日に開会式を迎えました。その4年後のメキシコ五輪も10月開催でした。しかし、近年は夏場の五輪が定着しています。
その背景には、国際オリンピック委員会(IOC)に影響力を持つ米テレビ局が、夏場は視聴率を稼ぐのに望ましい時期と考えている事情があります。五輪を9月や10月などに動かした場合、米国では、アメリカンフットボールのNFLのシーズンや米大リーグの優勝争い、欧州でもサッカーシーズンにぶつかります。世界が注目する大型の人気スポーツイベントと競合して視聴率に響くのは困るというわけです。
米テレビ局は長期にわたる巨額の放映権料をIOCに支払っており、IOCも意向を無視できないといわれます。テレビ放映権料が下がれば、それを収入源とするIOCの運営にも打撃となりかねません。2024年パリ大会と28年ロサンゼルス大会も7月下旬から8月上旬の開催がすでに決まっています。
IOCは当初から20年夏季五輪の立候補希望都市に対して「7月15日から8月31日の間」の開催を指定して募りました。東京都は招致段階で、7、8月の都内を「晴れる日が多く、温暖でアスリートに理想的な気候」と説明していました。
競技の開催時間にもビジネスの影がちらつきます。競泳の決勝を選手の体が動きにくいとされる午前に設定したのは、米国でのゴールデンタイムでの放送を希望した米テレビ局への配慮がうかがえます。東京五輪とは逆に「寒さ」に悩まされた今年の平昌冬季五輪でも、米国で人気のある一部競技が朝の早い時間や深夜に組まれ、選手の負担が大きいとの批判を浴びました。
IOCは収入の大半を開催都市のオリンピック組織委員会や各競技の組織に還元しています。これも各国がIOCの方針に反対しづらい一因で、五輪が「アスリートファースト(選手第一)」に徹することができない背景になっています。
2年後の東京の気候は読めませんが、政府が取り組んでいる暑さ対策は五輪後に「レガシー(遺産)」となって次回以降の大会にも生かされるでしょう。東京五輪が掲げる「すべてのアスリートが最高のパフォーマンスを発揮し、自己ベストを記録できる大会を実現」という大会理念が問われています。
(回答者は編集委員 峯岸博)
[日経電子版2018年8月6日付を再構成]