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出世メシ

創業者がくれた出世だんごと決断力 大和ハウス会長 大和ハウス工業会長 樋口武男氏(上)

2018/8/8

肉料理が好物と言う大和ハウス工業の樋口武男会長

 人生の転機で重大な決断を下したとき、「あれ」を食べていた。「あれ」を口にしたから、苦しい時代を乗り越えられた……。そんな経営者や識者の「出世メシ」の話題に耳を傾けよう。初回は、大和ハウス工業の樋口武男会長の登場だ。社長就任時に売上高1兆円強だった同社を、4兆円目前まで成長させた樋口会長の出世メシとは。

 ――1963年に大和ハウスに入って以降、幾度もの転機があったとか。そのなかで特に印象的なのが、最初の支店長就任、関連会社だった大和団地社長就任、そして大和ハウス社長就任という3度の”宿命”です。食にまつわるエピソードを交えて教えてください。

 まず、支店長就任の話から始めましょう。74年、36歳で山口支店長となりました。支店は70人強の陣容。鉄拳制裁も辞さずで臨んだところ、部下らの心が離れてしまいました。若さにまかせて、やり過ぎたのです。本当につらい日々でした。

 そんなおり、当事社長だったオーナー(大和ハウス創業者の石橋信夫氏、社長や会長を歴任)が、山口まで視察にやってきたのです。一緒に地元の取引先にあいさつ回りするついでに、立ち寄ったのが瑠璃光寺。オーナーが売店でだんごとアイスクリームを買ってくれ、「樋口君、一緒に食べようや」。ベンチでほお張ったその味から、オーナーの思いやりと優しさがじわりと身に伝わってきました。これが後々の出世の原動力になったのだとしたら、「出世だんご」でしょうか。

 その夜、オーナーが宿泊する温泉旅館までお供すると、「樋口君、晩飯を食っていけ」。オーナーも私もともに下戸です。旅館にあがると、2人で食事をさっさと済ませました。食事の合間に交わした言葉の数々は、おいしかった味の記憶とともに心に刻まれています。食後、帰ろうとすると、今度は「樋口君、一緒に温泉に入ろう」。オーナーの背中を流しているうちに、つい口をついて出たのが「こんな孤独なものだとは思っていませんでした」という愚痴です。すると、オーナーは「長たる者、決断が大事やで」とぽつり。私の問いかけへの直接の答えではありませんでしたが、心にずしりと響きましたね。

瑠璃光寺の五重塔の前に立つ石橋オーナー。オーナーの一言が、若き管理職だった樋口氏を奮起させた

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