オールスター夢の競演 世界バレエフェスティバル
パリ・オペラ座バレエ団、ボリショイ・バレエ、英国ロイヤル・バレエ団など、世界屈指の名門バレエ団のトップダンサーが今夏、東京に集結した。3年に一度開かれる「世界バレエフェスティバル」の舞台に立つためだ。野球のオールスターゲームのように、ダンサーが国籍や所属バレエ団を超えて同じ舞台を踏む数少ないイベントだ。
初めて開催された1976年には英国、ロシア、そしてキューバの当時の3大プリマが並んで登場し、バレエ界に衝撃が走ったという。15回目を迎える今年は8月1~5日と同8~12日、同15日に東京文化会館(東京・台東)で開催される。40人余りのスターが2週間にわたって真夏の東京で最高峰の技術と表現力を競う。
■名門バレエ団トップダンサーが一堂に会する
世界に名をはせる日本発のバレエの祭典の魅力や見どころは何か。出演するトップスターたちに練習の場で聞いてみた。初日まで残り2日の7月30日、東京文化会館のスタジオをのぞくと、30人ほどのダンサーたちがピアノ伴奏に合わせて体を動かしていた。人数が多い上、皆大柄でスタジオが窮屈そうだったが、誰もが力を抜くことなく、高いジャンプやキレのあるステップを披露していた。基礎的な動きはダンサーの実力が最もあらわになるといい、技を見せつけるような、熱気と迫力あふれる練習風景だった。
その場にいた一人、英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパル、サラ・ラムさんは今回で2度目のフェスティバル出演だ。「バレエ団では通常、力量に応じてダンサーがいくつもの階層に分かれて活動している。ところがここでは名門バレエ団のトップダンサーたちが一緒に並んで練習する。とてもユニークな環境だ。初めて会う人も多いが、バレエへの愛情と情熱を共有しているので皆フレンドリーで仲間意識が強く、とてもいい雰囲気ができている。互いの演技を見て学ぶことも多いし、そのすばらしさに心奪われる」とラムさんは言う。
フェスティバルでは「くるみ割り人形」や「ジゼル」といった古典の名作から、現代作品まで多彩なバレエの名場面20演目が、4時間余りにわたって披露される。1人当たりの出演時間は比較的短いが、多くのダンサーが自分の出番を終えても舞台袖に残って仲間の演技を見守るのだという。
ラムさんも必ず舞台袖にとどまるそうだ。「同じ演目でも、誰が演じるかによってまるで違う舞台になる。例えば音楽家の場合、2人のピアニストがそれぞれ同じ曲を演奏したら、音楽に造詣の深い人でないと聞き分けられないかもしれない。ところがダンスの場合は、ダンサーの容姿や身体の動き、表現の仕方がまるで違うので、その人独特の舞台になる。だからこそ、私も他のダンサーの演技を見るのが大好きだし、観客の方にも楽しんでもらえるのだと思う」。ダンサーにとっては世界バレエフェスティバルならではの醍醐味があるようだ。
■故・佐々木忠次氏が日本で実現させた偉業
ただ、名場面のみを披露することには難しさもある。今回ラムさんは「ロミオとジュリエット」で2人が出会う場面を踊るが「全幕の舞台と違って、観客にそれまでのいきさつを伝える、恋人たちの情熱が高まっていく助走部分がないので、その感情を舞台で表現するにはいつも以上の集中力とエネルギーが必要になる」と言う。
世界バレエフェスティバルは42年前、日本舞台芸術振興会と東京バレエ団の代表を務めた故・佐々木忠次氏の並々ならぬ熱意によって、実現にこぎ着けた。佐々木氏の生涯を描いたノンフィクションライターの追分日出子さんの著書「孤独な祝祭」(文芸春秋刊)でも、同氏のひときわ輝く業績として「世界バレエフェスティバル」を紹介している。
世界最高峰のダンサーを一堂に集めたバレエの祭典は、思い付いても予算や時間の面で諦める向きが強かったせいか、あるようでない。そうした祭典をバレエの発展途上国だった日本で佐々木氏が76年に実現させた。佐々木氏は2年前に亡くなり、今回は最終日に追悼のガラ公演が催される。公演を前に開かれた記者会見でも、何人ものダンサーが佐々木氏への感謝の言葉を述べていた。
英国ロイヤル・バレエ団のラムさんも同じ思いだ。「大勢のトップダンサーが一堂に会する、ほかに例のないフェスティバルだと思う。佐々木氏がフェスティバルを実現できた背景には、日本の観客のバレエへの深い愛情と理解があったからではないか。日本ほど情熱を持ってバレエを高く評価してくれる国は他に知らないし、ここで演じられるのは最高の幸せだ」と語っていた。
毎回、世界で最も活躍しているダンサーたちが招かれており、今回最多の7回目の出演を誇るのはパリ・オペラ座バレエ団の芸術監督を務めるオレリー・デュポンさんだ。同じバレエ団のエトワール、マチュー・ガニオさんは今回で4度目。ただ、両親もトップダンサーでフェスティバルに出演していたことから、ガニオさんは子供のころから会場の東京文化会館をたびたび訪れていた。
■バレエに詳しい日本の観客に愛される祭典
「ちょうどバカンスの時期で、フランスから遠い、文化の異なる日本に両親と一緒に来られるのがうれしかった。ただ残念なことに、当時は素晴らしいアーティストたちの舞台を見る機会がいかに貴重かを全く認識していなかったので、妹と2人楽屋にこもって、流れてくる音楽にあわせて好き勝手に踊っていた」とガニオさんは語る。40年以上の歴史を築いてきたフェスティバルならではのエピソードだ。
ガニオさんは両親の足跡をたどるように20歳でバレエ団トップのエトワールに昇格し、2009年以来、毎回フェスティバルに招かれている。「大勢の傑出したダンサーが集まり、最も美しいバレエ作品の名場面を披露する、本当に素晴らしいフェスティバルだと思う。これだけ大規模なイベントは珍しく、3週間も東京で過ごすので、他のダンサーと交流し、互いの演技を見て学ぶこともできる貴重な機会だ」
3年ごとにみんなで東京に集まるのが楽しみになっているガニオさん。「日本の観客はバレエにとても詳しいので、私たちも全力で演じなければならない。たくさんの愛情をもってバレエを支えてもらい、勇気をいただいていると感じている。そして自分をさらに磨き、高めていかなければ、という気持ちにさせられる」と公演に向けて気合を入れる。
「この舞台を見ればバレエ界のいまがわかる」と銘打たれている「世界バレエフェスティバル」。技術と表現力を極限まで鍛え抜かれたダンサーたちが、最高の舞台を見せてくれそうだ。
(映像報道部 槍田真希子)
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