奇跡のサメ写真撮影秘話 すごすぎてネットに偽物氾濫
カヤックを追う巨大なホホジロザメ――この写真を見て「合成だろう」と考える人は多いだろう。撮影したのは、ナショナル ジオグラフィックの写真家トマス・ペシャック氏だ。
めったにない瞬間をとらえた写真は話題になり、人々はこぞってペシャック氏が撮影した写真からサメを切り抜き、自分の写真に貼り付けて合成。ネットではこうした偽写真が氾濫している。本物の奇跡の1枚はどうやって撮ったものなのか。ペシャック氏にきいた。
写真に写るホホジロサメのことを、ペシャック氏はよく覚えている。15年前に、南アフリカで明るい黄色いのカヤックを漕ぐ科学者のトレイ・スノー氏の後をつけていたサメだ。
人の目を引き付ける写真というのは多くの場合がそうだが、ペシャック氏の元の写真もまた、創造性、忍耐、そして幸運な偶然が重なった結果撮影に成功したものだ。
2003年、ホワイトシャーク財団の海洋科学者マイケル・ショール氏から、南アフリカ南端の海岸付近に尋常ではない数のサメの大群がいるとの知らせを受けた。
ペシャック氏は、ショール氏とともに調査船でサメを追跡しようとしたが、エンジンの音をサメが警戒し、普段通りの行動を示さなかった。その時、ペシャック氏は購入したばかりのシーカヤックを使ってみてはどうかと思いついた。これなら船よりも静かなので、サメを脅かすことなく追跡できるかもしれない。
「私のお粗末なアイデアだったので、最初に私が試してみることになりました」
やってきた奇跡の瞬間
作戦はうまくいった。「GPSを取り付けたカヤックで、浅瀬でもサメを追うことができ、自然な行動を観察できました。そうとわかると、自分の中にある写真家魂が頭をもたげてきました」
それから数カ月の間を調査船で過ごし、もう一度カヤックを出せる穏やかな天候を待った。
ついにその日がやってきたとき、準備は整っていた。ペシャック氏は見晴らしのいい屋根上の操舵席に体をハーネスで留め、ハーイバーイ湾(現地の言葉で『サメの入り江』という意味)でサメを追うショール氏を忍耐強く観察していた。
良いシーンなのだが、どうも今ひとつだった。
「すると、1匹のサメが大胆にもカヤックの後ろに現れました。フィルムは、あと5~6枚しか残っていませんでした。サメの背びれが海面に突き出たところで、カヤックに乗っていたスノー氏が後ろを振り返りました。その瞬間、カメラのシャッターを切りました」
「科学者がサメを追うのではなく、サメが科学者を追う。そちらの方がずっと面白味があります。最高の写真というのは、予定していなかったときにやってくるものです」
拡散されたサメ
写真が南アフリカの地元新聞と雑誌に掲載されると、すぐに大きな反響を呼んだ。
「最初の24時間で、私のウェブサイトに10万件の訪問がありました。2003年当時としては、大反響と言っていいでしょう。でもまさか、偽の写真と思われるとは考えてもみませんでした」
ネットでは、写真が本物か偽物かで議論が巻き起こり、影の角度や、サメの両脇にできた波を比較して、コラージュした写真ではないのかと事細かに分析された。
注目が集まったおかげで、写真家としてのペシャック氏の名が知れ渡ることになったが、見る人にサメの素晴らしさが伝わるというよりも、当時話題にされることと言ったら、本物の写真にしてはすごすぎるという話ばかりだった。
「しばらくの間は、メディアの取材に応える際、証拠として元のスライドを持ち歩かなければなりませんでした」
さらに皮肉なことに、それから数年後、同じサメがネット上のあちこちに出没し始めた。2011年、ハリケーン・アイリーンに襲われたプエルトリコの道路に流されてきたり、クウェートのショッピングモールで壊れた水槽からあふれた水の中を泳いでいたり、かといえばハリケーン・ハービーによる洪水で、ヒューストンの住人を震え上がらせた。
ヒューストンの偽写真は、ペシャック氏のファンが集うオンラインコミュニティの投稿者が知らせてくれた。ペシャック氏いわく、サメが偽の写真に使われたことがわかると、「私よりもコミュニティメンバーの方が腹を立てる」そうだ。
(文 Alexa Keefe、写真 Thomas P. Peschak、訳 ルーバー荒井ハンナ、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2018年7月20日付]
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