オリーブ油は使わない? ペペロンチーノいための極意
男のパスタ道(3)
日本経済新聞出版社の新書、日経プレミアシリーズ『男のパスタ道』からの第3回目。ペペロンチーノの検討事項は多い。パスタの選び方、塩の入れ具合、ゆで方、そして「最高のオイルソースの作り方」だ。ペペロンチーノのオイルソースは、油とニンニク、唐辛子で構成される。では、油としてどんなものが最適なのか考えてみよう。
レシピ本や雑誌、ウェブサイトのレシピなどを見ると、さまざまな論争があるが、使用する油については、大きく2つの派閥に分かれるようだ。「エクストラ・ヴァージンオリーブオイル」派と、「ピュア・オリーブオイル」派である。つまり、「ヴァージン・オリーブオイル」と「精製オリーブオイル」だ。
ヴァージン・オリーブオイルは、オリーブの実を粉砕・圧搾、あるいは遠心分離機にかけるなどして作られるものだ。エクストラ・ヴァージンオリーブオイルは、こちらの分類に入る。
一方、精製オリーブオイルには、質の悪いヴァージン・オリーブオイルから不快な味や臭いをもたらす酸類などを化学的な処理で取り除いたものと、ヴァージン・オリーブオイルのしぼりかすに有機溶剤を加えて油の成分を溶け込ませ、溶剤だけ蒸発させて抽出したものの2種類がある。日本でピュア・オリーブオイルと呼ばれている油は、この精製オリーブオイルにヴァージン・オリーブオイルをブレンドしたものだ。
かたやピュア・オリーブオイルの実本体の味と香りをいかす製法で作られ、品質も最高峰のエクストラ・ヴァージンオリーブオイル。かたや化学的に精製したオリーブオイルがベースのピュア・オリーブオイル。ここだけ見ると、もう勝負あったように見える。王座にふさわしいのは前者だろう。ところが、そう簡単な話ではないのである。
ピュア・オリーブオイルはの人たちの言い分はこうだ。たしかにエクストラ・ヴァージン・オリーブオイルの品質はすばらしく、生食用にはふさわしい。しかし、ペペロンチーノのようにオイルを加熱する場合、苦味や辛味が強くなりすぎてしまうのだ、と。それは本当なのだろうか。そこで両者を加熱して味を比べてみた。
オイルは180度まで加熱した。ペペロンチーノを作るときはニンニクが色づくまでに火にかけるため、油はそれぐらいの温度になる。
加熱したエクストラ・ヴァージン・オリーブオイルをなめると、いきなり苦く、そのあと喉が焼けるように辛い。いわゆる「油焼け」した不快な味や臭い、べたつきがある。たしかに決しておいしいとは言えない。加熱は酸化を促進する。この焼けた油独特の味や臭い、ベタつきは油の酸化によるものだ。
一方のピュア・オリーブオイルは、エクストラ・ヴァージンのような苦味や辛味はないものの、やはり焼けた油のいやな臭いと味、ベタつきが気になる。こちらの方がペペロンチーノに最適という感じでもなかった。
実はいちばん驚いたのは、このピュア・オリーブオイルの味である。黄色い色にだまされてエクストラ・ヴァージン・オリーブオイルに近い味がするのだろうと思い込んでいた。実際にそれをなめてみると、オリーブオイルを味わっている感じがまったくない。むしろサラダ油にずっと近い味だ。
そこで本当にこの2つしか選択肢がないのか検証するため、サラダ油も比較対象に入れることにした。ごく一般的なサラダ油の一つである大手メーカーのヒマワリ油と、オレイン酸をオリーブオイルと同じくらい含む「ハイオレイック」のヒマワリ油だ。オレイン酸はオリーブオイルの7~8割を占める脂肪酸で、ヒマワリ油の主成分であるリノール酸に比べて加熱しても酸化しにくく、ベタつきも生じにくいという。
同じように180度まで加熱したが、やはり普通のヒマワリ油が一番ベタつき、味もまずい。古い油のような深いな味や臭いを感じる。ハイオレイックのヒマワリ油は、それよりは少しザラザラしているものの、不快な味は同様だ。予想通り、ピュア・オリーブオイルと味も香りもさして変わりない。
では、この4種のどれが一番おいしかったか。率直に言えば、どれもそのまま飲みたくはない。それ以前の問題として、この「加熱油のテイスティング」を何度か続けた後、私は本当に気分が悪くなってしまった。油だけなめる経験をしてはじめて気づいたことだが、ペペロンチーノを食べるとき、あるいはいため物や揚げ物を食べるとき、我々はこんなまずいものを体内に入れているのである。私は思わずその場で考え込んでしまった。
それでも、結論めいたものは、いくつかあった。まず、ハイオレイックのヒマワリ油と変わらないのだから、ピュア・オリーブオイルを使うことに意味は見いだせないということだ。ピュア・オリーブオイルの選択肢は消えた。
じゃあ、エクストラ・ヴァージン・オリーブオイルのほうがいいのかというと、こちらも苦くて辛くてベタついて、正直おいしくない。とはいえ、ピュア・オリーブオイル派の言い分である「エクストラ・ヴァージン・オリーブオイルを加熱すると苦みが増す」は間違いだと分かった。
生のエクストラ・ヴァージン・オリーブオイルを口に含むと、まずフルーツのような複雑な香りと甘みを感じ、トロトロとまろやかな口当たりがある。おいしい。ところが、一呼吸置いて苦みを感じる。さらに喉の奥からせき込むような辛味が襲ってくる。
生ではあんなにおいしかったエクストラ・ヴァージン・オリーブオイルが加熱でこんなにまずくなってしまうなんて。では、いったい何度まで油の温度が上がれば、あのすばらしい香りや味が失われてしまうのだろう。
悩んでばかりいても仕方ないので、いっそのこと40度の油でペペロンチーノを作ってしまうことにした。うん、おいしい……。しばし無言で食べた後、徐々に怒りに似た感情がわいてくるのを感じた。星一徹がちゃぶ台をひっくり返す勢いで、心の奥底から、こんな声がわきあがった。
「これはペペロンチーノじゃない!」
このパスタを食べて思い知ったのは、原語化していないだけで、私には私なりのペペロンチーノの定義がある、ということだ。そしてこのパスタにはそれが明らかに欠けている。このパスタを食べることで、逆に自分自身にとってペペロンチーノに必要な要素が何か、知ることができたのである。
このパスタに存在しなくて、ペペロンチーノに存在するもの。すなわち、「ペペロンチーノをペペロンチーノたらしめる条件」として、まず第一に上げたいのは、なんといってもアツアツ感だ。
思えば、中華風の野菜いためにだってニンニクや唐辛子が入る。ならば、アツアツの中華野菜いためを作る気持ちでペペロンチーノを作ってみてはどうだろう。中華には強火の料理が多いから、中華で使われる油は熱に強いはずだ。
ただ、イタリアンらしい香りもほしい。ならば、エクストラ・ヴァージン・オリーブオイルを、いためが終わった後で加えてみてはどうか。中華では最後にゴマ油で香りづけをするが、あの要領だ。余熱で香りは失われるかもしれないが、生のエクストラ・ヴァージン・オリーブオイルが持つ風味をある程度はいかせるはずだ。
私が中華で愛用する油は、太白ゴマ油(純白油)。通常のゴマ油と違ってゴマを焙煎せずに圧搾し、精製したものだ。ちゃんと圧搾して油を取り出しているので、その後の精製過程でゴマの香りはかなり消えるものの、口当たりはまろやかで味にコクがある。
これまでこの太白ゴマ油を強火にかけて野菜いためを作ってきたが、そんなに油が臭くで不快に思った記憶がない。ひょっとして、これこそペペロンチーノに求められる「熱に強い油」ではないのか。
そこで、太白ゴマ油を180度に熱してなめてみる。若干の油焼けを感じるものの、サラリとして香ばしい。これまで試したどの油よりもおいしく味わうことができた。また普通のゴマ油、つまりゴマを焙煎した後でしぼるタイプでも試したが、こちらも油焼けをあまり感じず、おいしかった。高級天ぷら店がゴマ油を使う理由がよく分かった。
ゴマ油について調べてみると、リノール酸など、酸化しやすい成分がオリーブオイルよりずいぶん多い。加熱すると不快な味や臭いがしておかしくないのだ。ところが、ゴマにはセサミンなどの抗酸化物質が大量に含まれる。このためゴマ油は、植物油のなかではきわだって酸化しにくいのだと知った。
抗酸化物質は一般的に精製の過程で減少するのだが、逆に精製の工程で生じるセサミノールなどの抗酸化物質もある。だから、焙煎ゴマ油ほどではないにせよ、太白ゴマ油も抗酸化性にすぐれているのである。漠然と「熱に強い油」と考えたのは、酸化に強い油ということだったのだ。
結論として言えるのは、最後の風味づけにエクストラ・ヴァージン・オリーブオイルを加えるのであれば、オリーブオイルでなくてもペペロンチーノは作れるということである。太白ゴマ油を大さじ1強入れていため、仕上げはエクストラ・ヴァージン・オリーブオイルを大さじ1弱加える、といった感覚で作ればいいだろう。
ライター 1969年東京都生まれ。慶応大学経済学部卒業。出版社で週刊誌編集ののち寿退社。京都での主夫生活を経て、中米各国に滞在、ホンジュラスで災害支援NGOを立ち上げる。その後佐渡島で半農生活を送りつつ、情報サイト・オールアバウトの「男の料理」ガイドを務め、雑誌等で書評の執筆を開始。現在は山梨に暮らしながら執筆活動を行うほか、小中学生の教育にも携わる。著書に『なんたって豚の角煮』『男のパスタ道』『男のハンバーグ道』『家飲みを極める』などがある
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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