「場当たり」整備の競技場 五輪後の採算考えているかドーム社長 安田秀一氏

サッカーの聖地とされる英国のウェンブリースタジアムは、観客席9万に対して飲食を購入できる店が688カ所にあります。130人に1カ所の割合です。それ以外にもバーやレストランがスタジアムの中にも外にもあって、9万人の熱狂を「マネタイズ」する仕組みがあります。ストレスなくビールに手が届くことが、熱狂を増幅させます。僕に言わせれば「巨大なビアガーデン」です。

サッカーの聖地とされる英国のウェンブリースタジアムは客席部分の下が何層にも分かれていて、たくさんの飲食店が並んでいる=ロイター

前述したように、人間の野性的な闘争本能を解放し、ストレスを発散し、高揚感を味わう場所としてスポーツの競技会場は機能するのだと思います。米国では大学スポーツも野球のマイナーリーグの試合も、地域のコミュニティーを形成するために欠かせない存在になっています。それを持続可能とするために、スポーツがもたらす高揚感を収益に変えているのです。スタジアムやアリーナが巨大なビアガーデンと化すのはとても理にかなっています。限られたスペースに数万人単位の人々が集まる場所というのは、スタジアムやアリーナのほかにはありません。最も効率のよいビジネスの現場なのです。

ところが日本ではこうした考え方はまだまだ広がっていません。東京五輪では、こうしたビジョンがないままに施設が造られているため、大会後には採算が取れずに赤字を垂れ流す持続不可能な施設ばかりになってしまうのでしょう。赤字補てんに税金を投入するくらいなら、五輪終了後に直ちに取り壊す方がよいとさえ思えます。

それでもスポーツの力信じたい

ただ、僕は2020年五輪・パラリンピックが多くの人にスポーツの本当の価値に目を向けさせ、日本に新たな民意を醸成してくれるのでは、という期待もしています。

サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会でも実感しましたが、スポーツには人々の心を一気に変える力があります。大会前の日本代表の評価はかんばしくなく、突然の監督交代などで日本サッカー協会も非難にさらされました。しかし、日本代表の見事なパフォーマンスですべては拍手喝采に変わりました。

安田氏は新国立競技場についても、民間で造り直すせば大きな価値が生まれると指摘する

東京大会でも同じような変化が起こらないものか。これまでの準備はダメダメでも、アスリートの感動的なパフォーマンスの数々が、人々の心を動かし、子供から老人まで誰もが熱狂し、空前のスポーツブームが到来する。体を動かすことによって人々は健康となり、医療費の削減も一気に進む、なんてことが起きるかも、とひそかな期待が高まります。

当面の東京五輪はさておき、日本におけるアリーナやスタジアムの経営が正しい方向に動き出す可能性は高いです。プロ野球の球団経営はかつて熱狂的なファンを持つ巨人や阪神以外は広告宣伝の媒体であり、大した収益を生むことはできないといわれていました。しかし今ではソフトバンクや広島などがスタジアムを自前で運営し、欧米と同じようなマネタイズの仕組みづくりに成功しています。

さらに言えば、新興企業を中心に、有力な経済人たちがスポーツの価値に気付き始め、スポーツへの投資を活発にしています。20年東京大会がもたらす熱狂や興奮は、その流れの正しさを明快に示すでしょう。

新国立競技場にしても、今の計画のままでは大きな価値を生み出すことはできないと思います。しかしながら、五輪後に「国立」の看板を外し、民間の資金を投入し、あの一等地にきちんとしたビジョンを持って新たなスタジアムを造り直せば、とてつもない価値が生まれるはずです。五輪がそれをあらためて教えてくれるのではと思います。

スポーツでお金もうけは駄目なのか

日本人には昔からスポーツでお金もうけをしてはいけないという感性が根強く残っています。ただ、誰のどの理論を聞いても、そこに合理的な理由は見つけられませんでした。ですので、僕は何年も前から日本のスポーツの産業化を主張し続けています。

その成果かどうかはわかりませんが、今では政府が成長戦略の一環としてスポーツ産業を現在の約5兆円から15兆円規模にすると旗を振る時代になりました。僕も様々なメディアで発言を求められ、こうしたコラムも担当させていただくことになりました。スポーツに対する社会の意識は確実に変わってきていると実感しています。それは2年後に控えた東京五輪・パラリンピックによって、より顕在化していくでしょう。

スポーツの祭典としての五輪の理念が、東京大会の仕組みに織り込まれていないのは残念なことだと思います。しかし、うまくいかない現実を悲観し、批判するのではなく、スポーツによって人々の意識が変わり、民意が仕組みを変えていく、そんな明るい未来の可能性を、声高らかにうったえていきたいと思っています。個人的にはこれぞ「スポーツによるデモクラシー」と考えています。

現代の日本社会には、硬直化した構造問題や長老支配による閉塞感がはびこっていますが、スポーツにはそれをブレークスルーする力があると、僕は信じています。

安田秀一
1969年東京都生まれ。92年法政大文学部卒、三菱商事に入社。96年同社を退社し、ドーム創業。98年に米アンダーアーマーと日本の総代理店契約を結んだ。現在は同社代表取締役。アメリカンフットボールは法政二高時代から始め、キャプテンとして同校を全国ベスト8に導く。大学ではアメフト部主将として常勝の日大に勝利し、大学全日本選抜チームの主将に就く。16年から18年春まで法政大アメフト部の監督(後に総監督)として同部の改革を指揮した。18年春までスポーツ庁の「日本版NCAA創設に向けた学産官連携協議会」の委員を務めたほか、筑波大の客員教授として同大の運動部改革にも携わっている。

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