ワイン大国イタリア クラフトビールがブームのワケ
イタリア食紀行(中)
ワイン大国、イタリアでクラフトビールがブームだ。かつてはマイナーな飲み物だったが、アルコール度数がワインより低く、気楽に飲めると若い世代を中心に受けている。イタリア国内には2017年末時点で1200を超すクラフトビールの醸造所(ブルワリー)があり、異業種からの転身組も増えている。ブドウの搾り汁を用いたビールなどがあるのもワイン王国ならでは。古都フィレンツェでクラフトビール最新事情を追った。
まず訪ねたのはフィレンツェの街のシンボル、ドゥオモ(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)から車で15分ほどの距離にあるビアショップ「キング・グリズリー(King Grizzly)」。街中に古くからある同名のパブが2017年秋にオープンさせたショップという。
店内の冷蔵ケースなどには国内外のクラフトビールが所狭しと並ぶ。330ミリリットルのビンを中心に、中には日本では珍しい750ミリリットル入りのものも。一見するとワインボトルのように見える容器に入ったクラフトビールがあるのもワイン大国ならではで面白い。
「いつも250種ほどのビールを置いています。イタリア産のクラフトは50~60銘柄ほどかな」と店で働くピエトロ・ボーノさんはいう。買って帰る地元客もいるが、6割は地元以外のイタリア人や外国人観光客ら。「変わり種ビールを探し求めてやってくる」客も少なくない。店でビールを買って、店内で飲むのはもっぱら地元の学生ら若い世代という。
ピエトロさんに売れ筋や変わり種のビールを紹介してもらった。まずは人気の「ジャイアント・ステップ」。ヴェネト州パドヴァのCR/AK社が作るIPA(インディア・ペール・エール)スタイルのクラフトビールだ。びん入りが多い中、缶入りは珍しい。ブルーや白、黒を配色した缶のデザインもなかなかしゃれている。さすがはイタリアである。アルコール度数は一般のビールよりやや高い7.5%。その分、キレがあり、のどごしも爽快だ。「しっかりとした味わいなので、焼いた肉と合わせると相性抜群」とピエトロさん。
ヴェトラ社(ロンバルディア州)の「PILS(ピルス)」はベーシックなタイプのビールだった。ビンのラベルには社名の文字をうまくデザインし、あしらっていた。そのポップさは「歩きながら気軽に飲めるビール」を十分に演出している。アルコール度数も4.9%と低い分、口当たりは極めてソフトでスイスイ飲める。「ピザと一緒にがおすすめ」と聞くと、試してみたい衝動に駆られた。
クラフトビールは今や世界的なブームといっていい。大手メーカーのビールとはひと味違うこだわりが受け、各地に小規模なブルワリーが誕生している。イタリアもご多分に漏れずだが、クラフトビールの魅力にイタリア人が酔い始めたのは1990年代後半からという。
もちろん国内には大手ビールメーカーも複数存在している。帽子をかぶったおじさんをキャラクターにした「モレッティ」や「ペローニ」、「メッシーナ」は日本でもご存じの方がいるだろう。とはいえイタリア国内での年間のビール消費量はワインと比べると足元に及ばない。ただ、90年代後半以降、ブルワリーの数は右肩上がりで、輸出まで手掛けるクラフトビールメーカーも登場するようになっているという。
クラフトビールの魅力の一つに多様なフレーバーが醸し出す独特の味がある。イタリア産クラフトはワイン大国ならではの原料や手法を用いて醸している点が他国にはない特徴といえるだろう。聞いて驚いたのがブドウの搾り汁を副原料にしたり、ワインの樽(たる)で熟成させたりしたビールの存在だった。ワインで培ったノウハウをビールにも生かすのが「自分たちのアイデンティティー」であるかのようにである。
地元ではIPAならぬ「IGA(イタリアン・グレープ・エール)」というビールのジャンルがあり、そのフルーティーさが受け最近、その手のクラフトビールが増加傾向にあるとか。
キング・グリズリーのピエトロさんが「変わり種」として紹介してくれたのも、まさにその部類の1本で、IGAの「ローヴェルビア」。メーカーは北イタリア・トリノにあるラバービアー社で、アルコール度数はビールとしては高めの11.6度。ブドウの搾り汁を20%使用している。グラスに注いだビールの色味は赤茶色だった。
「びんの底におりがたまっているので、最後まで注がないよう注意して」とピエトロさんがアドバイスしてくれた。一体どんな味だろう。自然と興味がわいてくる。ゴクリと口にして、思わず顔がゆがむのが分かった。妙な酸味が邪魔し、それまで飲んだ2つのようにグイグイとはいかない。やっぱりブドウならワインがいい。「万人受けはしませんが、好きな人には受けてます」。ピエトロさんの説明に納得はしたものの、グラスを空にすることはできなかった。
フィレンツェの中心部に戻り、次に向かったのがビアパブ「アルケア・ブルワリー(ARCHEA BREWERY)」。開業は2012年。クラフトビールに魅せられた考古学者と生化学者、弁護士の三人が共同経営する異色の店だ。その一人、カルミネ・ペルーゾさんは考古学の世界から転じ、今はこの店で出すビールのレシピづくりから、カウンターでの接客までこなす。
「アイリッシュパブはフィレンツェにあっても、クラフトビールを専門に出すパブはなかったので」と出店の動機を明かす。それでも開業1年目は「まだビールのカルチャーが根付いていなかったためか、来店客が少なく正直、きつかった」と振り返る。
この店ではビン入りのクラフトビールも注文できるが、ビアサーバーから直接グラスに注ぐ「樽」が16種類楽しめるのも魅力。中でも人気は、ビールの銘柄とタイプが書かれたボード(黒板)から気になる4種類をセレクトし、13ユーロで飲み比べできるセットだ。さっそく「ボック(Bock)」「ヒドラ(Hydra)」「メリッサ(Melyssa)」「ブラックタワー(Black Tower)」と命名された4種類のビールを注文した。
目の前に運ばれてきたのはブリッジ状に並んだ4つのグラス。ビールのスタイルはIPAやハニー・ゴールデン・エールなど。銘柄やタイプで、ビールの色味や味わいが随分と違う。クラフトビールの醍醐味を一度に存分に楽しめるのはありがたい。
「店に置いてあるビンのクラフトビールは直接、メーカーを訪ねて納品してもらった個性的な味のものも少なくない。だからビールを良く知る人はびんを、初心者は樽を注文する人が多いね」とカルミネさん。小規模なイタリアで小規模なブリュワリーがは増え始めたのは15年ほど前からで、うち30~40ほどのブリュワリーは規模を拡大中。そんな動きに刺激され、さらに30~40代の若手新規参入者が増えている、というのがカルミネさんの現代イタリアクラフトビール事情についての解説だった。そしてもうひとつ。「参入するのは簡単だけど、その分、淘汰も早いから」
カルミネさんは「ビールは生ものであり、おいしいものを提供する努力を重ねていかないと」と口元を引き締めた。
フィレンツェは夏場、夜9時すぎまで明るい。日本と違い湿気が少ないが、のどは渇く。街中を歩くと、店先でビアグラス片手にピザをほおばる人たちをよく見かけた。ビアショップ、キング・グリズリーのピエトロさんも「将来は自分でビール作り職人になるか、ビールショップを経営したい」と夢を語ってくれた。ワイン王国ならではのひと味違うアプローチで、クラフトビール人気はまだしばらくはイタリアで続きそう。そんな予感がした。
(堀威彦)
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