新アルバム『幸せのピース』に込めた思い(井上芳雄)
第26回
井上芳雄です。7月25日に久しぶりのオリジナルアルバムを出します。『幸せのピース』というタイトルで、全10曲を収録。気持ちが前向きになれる、ポジティブな曲が詰まったアルバムになりました。
アルバムのタイトルにもなっている1曲目の『幸せのピース』は、僕のラジオ番組『井上芳雄 by MYSELF』から生まれた曲です。日常で思いがけず元気になったり、幸せな気持ちになったりしたエピソードを教えてもらう「幸せの秘密」というコーナーに寄せられた話を基に作りました。夕立に襲われたとき、見知らぬ人がタオルを差し出してくれた話や、帰り道に自分の家の窓からこぼれる明かりを見て温かい気持ちになった話を、実際に歌詞に取り入れています。
僕の俳優仲間で、昨年10月に開催した番組のスペシャルライブの構成をしてくれた安倍康律君、番組でご一緒しているアレンジャーでピアニストの大貫祐一郎さんと一緒に、「幸せは待っていても来なくて、自分から動いたときに来たりするよね」みたいな話をしながら作っていきました。それで安倍君と僕が作詞、大貫さんが作曲・編曲にクレジットされています。
軽快でアップテンポで、楽しく歌っているように見えるでしょうが、実は歌うのがとっても難しい曲です。言葉数が多いのと、音域が普通では歌えないくらい広いのです。大貫さんが作曲をしたのはスペシャルライブのテーマソングが初めてで、今回が2曲目。Sっ気が出たのかもしれませんね(笑)。そのぶん、聴き応えがある曲になりました。
番組は日曜夜10時からの放送。リスナーの方が月曜からまた1週間がんばれるようにと、ミュージカルやポップスから前向きになれる曲を中心に2曲選んで、生で歌っています。それを続けるなかで、人を勇気づけたり、励ましたりする音楽の強い力を実感し、自分のオリジナル曲でそういったナンバーがあればいいなと考えていました。今回、みんなの力ですてきな曲ができて、とてもうれしく思っています。
アルバムの収録曲を選ぶにあたっては、番組で歌って反響が大きかったものを中心に、好きな曲を並べました。全曲を順にコメントしていきましょう。
2曲目の『人生は夢だらけ』は椎名林檎さんの曲。ミュージカルの曲っぽいところもあり、ラジオで歌ったら、歌いがいがありました。テーマも今回のアルバムにあっていますね。
3曲目の『Waving Through a Window』は昨年トニー賞を受賞した『ディア・エヴァン・ハンセン』というミュージカルからの曲。ずっと窓の内側で手を振っているだけじゃなくて、一歩踏み出して、外に出ようというミュージカルらしい歌です。作ったのは『ラ・ラ・ランド』や『グレイテスト・ショーマン』の作詞・作曲家コンビで、すごくいい曲なのですが、歌うのもすごく難しい。一番難しかったですね。テレビ番組で歌うときに、英語の歌詞も覚えて、猛練習をしたのですが、それだけで終わるのはもったいないし、好きな曲だったのでアルバムに入れました。アルバムのレコーディングは、いろんな仕事の合間にしてきたので、足かけ半年以上かかっています。この曲は最初、4月に開幕したストレートプレイの『1984』に出ている最中に録音したのですが、歌の声じゃない時期だったのがずっと気になっていて、後で録り直しました。唯一録り直した曲です。
4曲目の『歌うたいのバラッド』は斉藤和義さんの曲。自分のコンサートなどでもずっと歌ってきて、昨年のスペシャルライブでも歌って、やっぱりいいよね、と。ライブが終わって間を空けずに録音したので、興奮そのままに、という感じでした。
5曲目の『心の瞳』は坂本九さんの曲。音楽の授業で歌って好きになった歌です。僕の声や歌い方にあっているのでしょう。バラードで優しい歌詞ですが、人生の本質を突くところもあります。心の目で見るといろいろなものがはっきり見えるし、過ぎてしまったことや、なくしてしまったものもあるけれど、歩いてきた道があるから今があるという、切なさをかみしめつつも前を向く内容です。坂本九さんの最後のシングル曲でもあり、なにかひかれるものがあります。
6曲目の『明日はきっといい日になる』は高橋優さんの曲。スペシャルライブで初めて歌いました。この曲の井上芳雄バージョンがあったらどんな感じかな、という発想で作ったのが『幸せのピース』なので、きっかけとなった曲です。
7曲目の『I Have Dreamed』は『王様と私』というミュージカルからの曲で切ないバラード。本来はデュエット曲ですが、曲の並びを考えたときに、静かな曲があってもいいのかな、と思って入れました。しのび会う恋で、いつか一緒になることを夢見ている2人が歌うのですが、一緒にはなれない。だからこそ、悲しくて、きれいで、胸を打ちます。
8曲目の『戦士のルフラン』は、昨年シングルとして出した『風のオリヴァストロ』と同じく、宮川彬良さんが作曲、安田祐子さんが作詞された曲です。宮川さんが「実は『風のオリヴァストロ』と対になる曲があるんだよ」と教えてくれて、歌わせていただくことになりました。傷ついた戦士たちよ、ここでゆっくり休みなさいという、今の世界に必要な感じの大きなテーマの曲です。メロディーがすてきで、歌い込むほどによくなるんだろうな、と感じています。
9曲目の『Tomorrow』はミュージカル『アニー』からの有名な曲。半分英語、半分日本語の歌詞で歌いました。誰もが聞いたことのあるミュージカルの曲は、実はそれほど多くないと思うのですが、この曲は多くの人に愛されています。明日を信じようというメッセージの力でしょうし、このアルバムや番組のテーマにもつながっています。
最後の10曲目『風のオリヴァストロ』は、亡くなった人たちに向けて、残された者の思いを歌ったバラード。今回のアルバムの隠れた主役です。この曲と出合い、僕の初めてのシングル曲としてリリースした流れが、今回のアルバムにつながりました。歌手としての新たな道を与えてくれた曲です。
そんな10曲を収録した今回のアルバム。気持ちが前向きになれるように、という思いを込めましたが、人はしっかり後ろを向いたからこそ、前を向けるのだと思っています。人生には、いいときばかりじゃなくて、大変なときも、別れもあります。それがあっての今だと思うし、幸せを感じることもできるのだと。
いろんな思いが詰まったアルバムです。ぜひ聴いてみて下さい。
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP社)。
「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第27回は8月4日(土)の予定です。
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