水うちわ、透けて爽やか 岐阜の職人技と自然素材の妙
爽やかな風が恋しい夏の日々が続いている。心の涼を得ようと、岐阜県の長良川沿いの産地に、自然素材を生かし切った「水うちわ」づくりを訪ねた。さらに近隣地の名産である木曽ヒノキの端材から作った、すがすがしい木工製品の作り手の話も聞いた。
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水にさっとくぐらせると、描かれた赤い金魚が今にも泳ぎだしそう。岐阜で作られる水うちわ。世界遺産の手漉(す)き本美濃和紙・雁皮(がんぴ)紙が材料だ。目を見張る透明感と耐水性はどう生まれるのだろう。
美濃和紙のちょうちん作りで栄えた岐阜市で、水うちわが誕生したのは明治期末のことだ。この地を訪問した天皇への献上品として考案されるや評判を呼び、川に船を浮かべて水うちわを浸し、あおいで涼むことが流行した。
だが和紙需要の減少で雁皮紙が漉かれなくなり、水うちわ製造は昭和の終わりに途絶した。地元の和紙問屋「家田紙工」の家田学さんらが復活させたのは10年前だ。
繊細な和紙と天然ニス使用
水うちわは職人技が結実した逸品だ。まずジンチョウゲ科の雁皮の繊維で紙を漉く。厚さ15マイクロメートル。オブラートのように薄く漉いた表面に絵付け後、紙は香川県丸亀市に送られ、うちわ職人の手で竹骨に貼られ再び岐阜へ。貝殻虫の分泌物をエタノールで溶いた天然ニスを塗り完成する。
バイオリンの最高峰ストラディバリウスにも使われたこのニスが、水をはじく膜となり、陽光にきらめく川面のような透明感のもととなる。
文献が少なく、復活は困難を極めた。一般的な和紙原料の楮(こうぞ)に比べ雁皮の樹皮は傷が多く、水の中でちりを除く下処理に手間がかかる。またその繊維は繊細で、水がぶつかるだけで層が崩れる。天日干しで破れるものも多く、「当初は9割が失敗作」と和紙職人の倉田真さん。明治期に使われた可能性があるニスを取り寄せ、雁皮紙との相性を確かめつつ、どれを選ぶべきか検証を重ねた。
使うニスが決まった後も、天然ニスの乾きの悪さに悩まされた。「和紙の里であるここ美濃で先人の技の復活を図るため、昔ながらの材料と手仕事に徹した」と家田さん。水うちわは家田紙工が週末に運営する店舗「カミノシゴト」(岐阜県美濃市 http://kaminoshigoto.com/)で手に入れられる。
美濃市から同じ岐阜県の美濃加茂市に向かう。ここでは木工作家の川合優さんが、木曽ヒノキなどから端正な木工品を削り出している。
木くずが舞い散るなか、白い木肌に緻密な木目が浮かぶ。深山に漂う空気のような木曽ヒノキの香りが川合さんの工房(http://kawai-masaru.com/)に満ちる。
木曽ヒノキは東濃、飛騨南部、信濃のごく一部の山域に分布する天然木だ。寒冷多雨な傾斜地という過酷な環境下、100年以上かけて年輪が詰まった美木に育つ。強さと秀麗さから古来多くの社寺に使われ、中世以降伊勢神宮の建材としても重用されている。
木曽ヒノキの端材で壺作り
川合さんは、無塗装の木肌をそのまま見せる端正な作風で注目されている。この日は、美濃加茂市の工房で伊勢神宮に送られた樹齢300年のヒノキの端材を用い、壺(つぼ)作りに取り組んでいた。
まず一抱えもある太い材を大まかに木取りし、旋盤に固定。頭に描く理想の姿を形にすべく、高速で回転する材を刃物で削り出す。「木と向き合ううちに『これだ』と確信する美の形が見えてくる。その美を見失わないよう、必死に刃先を当てる」
一方では戦後植林されながら、需要の減少で伐採されずに残る人工林の杉や名もなき雑木にも引かれるという。「木目こそそろっていないが、表情が優しい。そんな健やかな木々も積極的に使う」
一例が美濃加茂市に多いアベマキ。かつて鍬(くわ)の柄など農具に多用された雑木だが、今は厄介者扱いされている。川合さんは、里山整備により地域の持続的発展を目指す市と協働。市が計画伐採したアベマキの原木を買い取り、スツールを製作した。「この国の暮らしは常に木々と共にあった。生活のなかに木がある心地よさを作品を通して伝えていきたい」と話していた。
(日経おとなのOFF7月号より再構成 文・籏智 優子 写真・清水 友渉)
[日本経済新聞夕刊2018年7月21日付]
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