豪雨被災地、今後は食中毒などに注意 状況に応じ対策
Dr.今村の「感染症ココがポイント!」
気になる感染症について、がん・感染症センター 都立駒込病院感染症科部長の今村顕史さんに聞く本連載。今回は特別編として、西日本を中心に甚大な被害をもたらした7月の西日本豪雨被災地における感染症対策について聞いた。
●被災直後としばらくたったあとでは、発生しやすい感染症が変わってくる
●家屋や土砂などの片付け作業では、できるだけ肌の露出を防ぎ、ゴーグルやマスクで目・鼻・口を保護する
●食中毒対策では、手洗いの徹底・食材の十分な加熱を
●大鍋で調理するときは、熱に強いウエルシュ菌の増殖に注意
●おにぎりは素手で握らず、ラップや使い捨て手袋を使用する
●感染症予防には手洗いやマスクの着用が基本
●下痢、嘔吐(おうと)、発熱、せきなどの症状が表れた場合は、早めに医療スタッフに相談する
被災直後とは変わってくる感染症リスク
――記録的な豪雨により甚大な被害が発生した西日本の被災地では、発生から10日以上が経過した今なお避難生活を余儀なくされている地域があるなど、困難な状況が続いています。災害後は衛生環境の悪化などから感染症の発生リスクが高まるといわれますが、どのような感染症に注意が必要でしょうか。
今回のような広域災害では、地域によって被害状況や被災後の生活環境などが異なります。そうした中では、それぞれの状況に応じてできる対策を行い、感染症の発生や拡大のリスクを減らしていくことが大切です。
自宅や地域の片付け作業などに追われていると、感染症対策への意識が薄れがちです。しかし、通常の生活を送っているときでも、感染症を発症すれば苦しいものです。ましてや、避難生活や安息できない状況の中で発症すれば、さらにつらい思いをすることになってしまいます。そうした事態を避けるためにも、できる範囲で感染症対策を心がけてほしいと思います。
まず知っておいていただきたいのは、豪雨災害が発生した直後と、ある程度の時間が経過した現在、そしてこれからでは、発生しやすい感染症が変わっていくということです。
――どのように変化していくのでしょうか。
豪雨災害の直後は、死亡率の高い「破傷風」のほか、腎炎や肝炎を起こす「レプトスピラ症」、重症の肺炎を起こす「レジオネラ症」といった感染症への注意が必要です。これらは主に、倒壊した家屋のがれきや流れ込んだ土砂などを処理する際に感染のリスクが高くなります。
ですから、片付け作業を行うときには、土壌の中などに潜む病原菌が体内に侵入したり、病原体に汚染された水や土壌と接触したりするのを防ぐために、皮膚に深い傷を負ったり、粉じんを吸い込んだりしないような対策を行います。
例えば、できるだけ肌の露出を避けるように長袖長ズボンを着用する、厚手の手袋をつける、底の厚い靴を履く、目・鼻・口を保護するゴーグルやマスクを着用するなどです。猛暑の中での作業にこれらの服装や装備を徹底するのは大変だと思いますが、感染症から身を守るためには大切な対策となります。
西日本はもともと、ツツガムシ病や日本紅斑熱、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)など、ダニが媒介する感染症が多い傾向があります。山に近い場所で作業する際にも、ダニによる被害予防のために、肌の露出は避けるようにしてください。
土砂の処理や家の片付けなどが進んでくると、災害時の環境などによる感染症のリスクは徐々に低下し、食中毒やいわゆる風邪をはじめとする呼吸器の感染症など、一般的な流行感染症の延長での注意が必要になってきます。
特に、被災後で水回りなどの衛生環境や食材の保存状態が普段よりも悪化している状況では、より食中毒のリスクが高まります。
手洗いにはアルコール性手指衛生剤を活用
――食中毒の予防には、どのような対策が有効でしょうか。
暑さが続くこの季節、日常生活での食中毒対策と同様に、調理や食事の前、トイレの後やおむつの処理後などに手洗いを行うことや、食材を十分に加熱し、生ものは避けるといったことが大切です。
ただ、ウエルシュ菌という食中毒の原因菌は、100度で加熱しても死滅せず、40~50度の高温で増殖しやすい特徴があります。炊き出しでカレーや煮物などを大きな鍋で大量に作る場合には、ゆっくり温度が下がる過程で菌が増えてしまうので、早めに食べきる、すぐに小分けにしてしまう、できるだけ素早く冷ますといった工夫をするといいでしょう。
また、災害後は、避難所で作られるおにぎりによる食中毒がしばしば発生します。これは、もともと人の手に常在している黄色ブドウ球菌が原因となるので、おにぎりを作る際には素手は避け、ラップや使い捨て手袋を使うようにします。
手洗いはほとんどのウイルスや細菌に有効なので、食中毒の予防だけでなく、様々な感染症対策の基本となります。
目に見える汚れはできれば水で洗い流せるといいのですが、水が十分にない場合は、まず汚れを拭き取ります。手についた菌やウイルスは、アルコールを含むウエットティッシュや、アルコール性手指衛生剤を活用して消毒するのがお勧めです。その際は、目・口・鼻に触れやすい指先をきれいに拭くようにします。
被災地では結膜炎や呼吸器感染症の報告があるようですが、手洗いはそれらにも有効です。結膜炎の予防には汚れた手で目に触れないように注意して、片付けなどの作業時にはゴーグルやメガネで目を保護します。また、呼吸器感染症の予防には手洗いに加えて、マスクの着用が有効です。マスクがない場合には、「人に向かってせきをしない」「せきをするときは手で口を覆うのは避け、ティッシュや肘の内側で覆うようにする」といったことを心がけてください。
下痢などの症状が表れたら早めに伝える
――下痢や嘔吐など食中毒を疑う症状が表れた場合は、どうすればいいでしょう。
下痢や嘔吐などの症状が出た場合は、脱水状態にならないように注意し、できれば速やかに医療スタッフに相談をしてください。通常は、食中毒の原因菌が自然に排出されたほうが回復が早いので、下痢止めや抗菌薬は使わないのが一般的です。ただ、災害時には水不足などが生じ、下痢による脱水対策のポイントとなる十分な水分摂取ができないこともあるので、必要に応じて薬剤を使用することもあります。治療や二次感染を防ぐためにも、早めに医療スタッフに相談してほしいと思います。下痢やおう吐だけでなく、咳や発熱といった症状が出た場合も同様です。
被災後は、普段の生活よりも栄養状態が悪化していたり、猛暑や復旧作業による疲労の蓄積や体力の低下があったりすることも多く、その場合はより感染症にかかりやすくなります。特に、避難所で集団生活を送っている場合は、感染症が発症すると流行が拡大しやすくもなります。
大変なときだけに、周囲への気遣いから症状や体調不良を訴えるのを遠慮してしまう人もいますが、感染症への対応が遅れると、重症化したり、結果的にほかの人へ感染を広げてしまったりする恐れがあります。下痢や嘔吐、発熱やせきといった症状が表れたときには、早めに医療スタッフや周りの人に伝えることも、重要な感染症対策となります。
(ライター 田村知子)
がん・感染症センター都立駒込病院感染症科部長。1992年浜松医科大学卒業。駒込病院で日々診療を続けながら、病院内だけでなく、東京都や国の感染症対策などにも従事。日本エイズ学会理事などの様々な要職を務め、感染症に関する社会的な啓発活動も積極的に行っている。自身のFacebookページ「あれどこ感染症」でも、その時々の流行感染症などの情報を公開中。都立駒込病院感染症科ホームページ(http://www.cick.jp/kansen/)。
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