育児と両立する仕事術 女性課長が若手の道開く
管理職の中でも、部下との距離が最も近い課長職。さらに上をめざす人には関門ともいえる職種だ。今その課長職を担うのは入社時から性別に関係なく鍛えられた、30~40代の女性たち。出産後も仕事と育児を両立し、肩肘張らず気負うことのない振る舞いが部下の目標となり、幹部候補生として期待を集める。
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出産後復職の草分け 東急不動産の田中有理さん
「重要な仕事があるときに限って子どもが熱を出してしまう」「それはあなたがピリピリしているから。子どもは異変を感じて体調を崩すのよ。子の前でそんな姿を見せてはダメ」。東急不動産の関西住宅事業本部(大阪市)開発部で課長相当職の一つであるグループリーダーの田中有理さん(49)は部下の女性とこんな会話を笑顔でしていた。
生え抜きの田中さんは開発部が長く、関西エリアの地権者から用地を買収しマンションや戸建て住宅を商品化し成果を上げてきた。1999年に結婚、2005年に出産。その1年後に復職した。それまでは田中さんのように復職した先輩女性はいなかった。
1986年の男女雇用機会均等法施行後、企業は女性の処遇に試行錯誤した。女性も「管理職か子どもか」二者択一を迫られた。このため当時の女性の中には出産を諦め男性以上に働く人が少なくなかった。
同社の人事部統括部長、榎戸明子さんは「均等法施行から30年が過ぎ女性登用が進む中、仕事と育児を両立した実体験を持って部下に接する管理職が登場し始めた」という。現場の若手に寄り添いながらリーダーシップが取れる、新世代の女性課長たちだ。
とはいえ同社全体のグループリーダー131人のうち女性はまだ8人。「田中さんは女性の積極登用へのロールモデルの一人」と榎戸さんは断言する。田中さんの部下は男性4人、女性4人。キャリア面談で設定した目標の進行が遅れている人には、メールや社内ですれ違った際にちょっとした励ましの言葉をかける。仕事と育児で悩む女性には「私はどれも楽しいから何も諦めない」と笑顔で返す。
女性にとり出産は大きなライフイベント。働き方は今までと同じというわけにはいかない。育児休業や時短勤務で仕事を中断したり仕事量を減らさざるを得なくなったり。
時間管理を徹底 LIXILの岡本桂子さん
住宅設備大手のLIXILで、課長職のデザインセンターインテリアグループリーダーを務める岡本桂子さん(44)。前職の大手家電メーカー時代の2009年と12年に2度の出産を経験、いずれも1年以内に復職したが、当時、時短勤務の壁にぶつかった。
会社はIT(情報技術)機器のデザインで岡本さんを評価していたという。LIXIL同様に女性を育てようとしてくれ、岡本さんはそんな会社のために何ができるかひたすら考えた。「育児と仕事のマルチタスクをこなすには、時間管理を徹底し合理的に働くしかない」
その時に思い至ったことが15年末、LIXILに転職し、中間管理職になった今、役立っている。「課長は部下が全員退社するまで会社に残らないといけないというのは過去の話。率先して午前8時半始業、午後5時20分の定時退社を実践する。そのためには集中して働く」と岡本さん。
男性部下には合理的に働けと伝えるとともに「子育てはちゃんとやってね」と一声かける。もちろん仕事の繁忙期に残業はやむをえない。子どもがいる自身は定時で帰ることが多いが部下の働きを翌朝ヒアリングし評価する。「就業中は時間を無駄にしないという岡本さんの姿勢は勉強になる」と男性部下は話す。
専務役員の松村はるみさん(64)は岡本さんのような女性管理職がもっと増えることが必要とみる。「女性課長さらには幹部候補生を見つけるため年代を問わず有望な女性社員を『次世代研修』に集めたい」。松村さんは今後の人事政策を展望する。
事業所内保育施設の開設を主導 シードの金沢寛子さん
今どきの女性課長は女性活躍の追い風だけでキャリアアップしたわけではない。「入社以来、次から次に仕事を与えられ、男性上司から『スピード感を持って成果を出せ』と言われ続けてきた」。コンタクトレンズを製造するシードの経営企画部社長室次長の金沢寛子さん(38)は10年12月に同社へ転職してからの7年強を振り返る。
入社当時、会社は企業の社会的責任(CSR)に力を入れ始めた。CSRは社長室の担当業務。上司は「任せたぞ」と一言。来る日も来る日も企画書をつくっては、上司から指導された。11年7月、盲導犬の育成団体を支援する企画が採用されたときの充実感は忘れられないという。
シードは今年4月、埼玉県鴻巣市に認可保育所、事業所内保育施設、放課後児童クラブを併せ持つ施設を開設した。金沢さんが主導したプロジェクトで今でも全国から福祉関係者の視察が相次ぐ。
「男女関係なく機会を与える上司のもとで鍛えられた」と話す金沢さんは施設開設を見届けて次長に昇格した。6人の部下にはこうした成功体験を積み重ねてほしいと折に触れ伝える。そしてこう言う。「経営に関われるよう、さらにキャリアアップしたい」
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管理職、さらに育成を ~取材を終えて~
記者(55)は男女雇用機会均等法が施行された1986年入社。施行から数年、企業は女性活躍をアピールするため、こんなモノづくりやサービスを競った。「新商品開発チームはすべて女性社員」「女性営業部隊をアマゾネスチームと命名します」。今思うと女性という性を強調しているだけの感が強い。
時代は変わった。今回出会った女性課長と人事役員らからはそんな企業の宣伝めいた空気は感じられなかった。女性課長は競争をかいくぐってきただけあり自信に満ちている。その上で岡本さんは「均等法が施行されたころの女性が道なき道を切り開いてくれたから今の私たちがある」と話す。
とはいえ、こんな女性課長はまだ少ない。厚生労働省によると、民間企業の女性管理職比率は2017年の課長相当職で10.9%にすぎない。岡本さんらの姿を見て女性を育てようという企業や上司がもっと増えてほしいと切に思った。(保田井建)
[日本経済新聞朝刊2018年7月23日付]
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