猛暑の後は強力台風に? 幻の熱低が招いた記録的豪雨編集委員・気象予報士 安藤淳

猛暑で路面に現れた逃げ水(18日、岐阜県揖斐川町)
猛暑で路面に現れた逃げ水(18日、岐阜県揖斐川町)

西日本に大きな爪痕を残した西日本豪雨。その発生に、日本の南海上の「幻の熱帯低気圧」が大きな役割を果たしていたことがわかった。東シナ海に大きな雲の塊ができ大量の水蒸気を西日本に送り続けた。豪雨の後は高気圧が張り出して全国的に猛暑になったが、強い日射は陸地だけでなく熱帯の海も広く暖めている。上昇気流が活発化して台風の発生・発達を促す可能性があり、そうなれば再び日本列島を豪雨が襲う恐れも出てくる。

台風のような渦を巻いた雲が、台湾と九州の中間付近にあたる東シナ海をじわじわ北上する――。気象庁の数値予報モデルが7月5日朝の時点ではじき出した6日未明の予想天気図からは、こんな状況が読み取れる。気象庁予報部の「短期予報解説資料」には「MSM(東アジア~太平洋西部を含む、メソスケール・モデルと呼ばれる数値予報モデル)は東シナ海に熱帯じょう乱の性質をもった低気圧を予想している」とある。

冠水した市街地(9日、岡山県倉敷市真備町)

つまり、台風の卵である熱帯低気圧の発生が見込まれていた。予想天気図の渦は、まさにこれに対応する。その後の予想天気図を追うと熱帯低気圧らしきものは徐々に北上し、九州などに影響を与えることを示していた。ところが、6日未明も、それ以降も、実際の天気図上に熱帯低気圧は現れなかった。予想天気図の渦は幻だったのか。

気象庁の黒良龍太主任予報官によると、実際以上に低気圧が発達するのはMSMの一種の癖で、時折起きるという。雨が強い場所で上昇気流によって水蒸気が雲粒、そして雨に変わる現象が計算機上で強調されすぎてしまう。雲ができる時には周囲に熱を出して空気が軽くなり気圧が下がる。結果としてさらに水蒸気が集まりやすくなり雨が強まる。終わりのないループにはまりこんだような状況になり、低気圧を発達させてしまう。

熱帯低気圧は最後まで発生しなかったが、実態が何もなかったわけではない。5~6日の気象衛星画像では、東シナ海に非常に大きく発達した雲が鮮明に写っていた。確かに低気圧性の反時計回りの渦巻き構造はなかったが、上昇気流が活発だったのは間違いない。強い上昇気流のために下層だけでなく高度3000メートル程度の中層大気まで湿り、ここから南西風に乗って西日本方面に暖かく湿った空気が流入した。

気象庁の暫定的な解析では、豪雨期間中に西日本一帯の下層~中層大気を通った空気が持ち込んだ水分量は記録的に多かった。下層のみで計算すると同水準の水分量の事例はあるが、中層まで含めると過去の豪雨時の記録を更新するという。

幻の熱帯低気圧は最終的には雲の形も崩れてよく見えなくなり、太平洋高気圧が日本に大きく張り出すとともに梅雨前線も消えた。水中に石を投げると波紋が広がるように、大気中でもちょっとした変動が波を起こす。7月中旬以降、地中海方面から大陸を横切ってはっきりとした大気の波が伝わってきている。この影響で、大気上層に至る背の高い「チベット高気圧」が大陸から日本付近に張り出し、下層の太平洋高気圧と重なって「2階建て」構造となった。典型的な猛暑パターンで、最近では2010年の夏にはっきり現れた。

猛暑が続く東京・銀座では日傘を差す女性の姿が目立った=18日午後

チベット高気圧のもとになる大気の波は、インド洋の海面水温と深い関係があるとされる。インド洋西部で水温が高め、東部で低めの「正のダイポールモード」の時に発生しやすい。海洋研究開発機構アプリケーションラボの予測ではこの傾向は強まる方向なので、チベット高気圧の勢力は衰えそうにない。気象庁も少なくとも7月いっぱいは猛暑が続くとして警戒を呼びかけている。

夏の高気圧のおかげで日が降り注ぐと、海面水温は上がり上昇気流が発生しやすくなる。フィリピンの東沖など日本の南海上は徐々に暖まっており、ところどころ30度以上だ。平年と比べてそれほど高いわけではないが、台風の発生・発達に適した27度以上の海域がかなり大きく広がっている。衛星画像を見ると、低緯度の海域にはすでに大量の雲が発生しておりにぎやかだ。一部は熱帯低気圧などとしてまとまりだしている。

熱帯太平洋では、東部の海面水温が低く西部が高めとなる「ラニーニャ」現象が今春に終わり、米国気候予測センターなどによると冬にかけて逆の「エルニーニョ」に向かう見通しだ。熱帯太平洋の真ん中から東部にかけての海面水温が高めになる。台風は暖かい海面を好むので、こうした場合、台風の発生場所は少し東にずれる。そこから時間をかけ、海からエネルギーを補給して発達しながら日本に近づく可能性がある。台風に詳しい横浜国立大学の筆保弘徳准教授は「急速に発達する台風の比率が高くなるのではいか」と危惧する。

日本近海の海面水温も高めなため、台風は上陸直前まであまり弱まらず、暴風、大雨、高潮など大きな被害をもたらす恐れもある。豪雨から猛暑、そして猛暑から台風による荒れた天気へ。こうした最悪のパターンになることも想定して、少しでも先回りして備えをしておきたい。