女性が輝く会社はできる お嬢様校、藤女子で得た確信岩崎裕美子・ランクアップ社長が語る(上)

もともと両親は「女に学問はいらない」というタイプでした。弟を大学に行かせないといけないから、おまえを大学に行かせるお金はないと言われていました。とはいえ、同級生はほぼ9割が進学志望です。3年生になると私も大学に行きたくなり、親に相談したのですが、父は「行く必要はない」の一点張り。悔しくて涙が止まりませんでした。

見かねた母が、父に内緒で2校分の受験料をこっそりくれました。最初の1校はいわゆる滑り止めで、受かったのですが入学金が払えず辞退。残る1校が本命の藤女子短大で、落ちたら働くしかなかったのですが、無事に合格できました。父は入学を認めてくれませんでしたが、なんとか説得してギリギリで入学金を払ってもらいました。

世の中の現実を目の当たりに。

学生時代はひたすらアルバイトの日々だった

藤女子を選んだのは、北海道で就職するのに有利だろうと思ったからです。当時はこんな勉強をしたいとか、将来はこういう仕事をしたいといった希望はなく、一生を道内で過ごすんだろうなと思っていました。自分はお金持ちの娘でもなく、特別な才能を持っているわけでもない。つまりブランドを持っていなかったので、藤女子のお嬢様ブランドが武器になると考えたわけです。

実際に入学してみると、想像以上にお金持ちの学生が多くてびっくりしました。藤女子には中学、高校もあり、そこから上がってきた「内部生」は特に裕福な家庭の人が多かった。入学した1986年はバブルが膨らみ始めたころで、シャネルやルイ・ヴィトンといったブランドものの洋服やバッグがキャンパス中にあふれていました。世の中にはお金のある人と、そうでない人がいる。現実を目の当たりにした衝撃は大きかったですね。

自分はといえば、授業料は親が出してくれましたが、それ以外の教材費や洋服代などはすべて自分で稼ぐしかなく、ひたすらアルバイトの日々でした。友人に誘われて、テニスやスキーの同好会サークルにも入りましたが、ほとんど参加できません。藤女子は北大の隣にあるので、サークル同士の交流も多く、北大生と付き合う人も多かったのですが、私はサークル活動をする暇もありませんでした。

学科は家政科でしたので、裁縫の授業もありました。けっこう得意で、自分で布を買ってきてワンピースをつくったりしていました。友人の中には1着10万円もするようなワンピースを着ている人もいましたが、私はお金がなかったので……。我ながら健気(けなげ)だったと思います。

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