じぶん働き方改革 思い込みを脱する「前言撤回力」
誰にでも一つや二つ、グサリと傷ついた言葉を胸の奥底に眠らせているものです。相手はそんなつもりは全くなく、言ったことすら覚えていないような言葉のせいで行動に制限がかかったり、「どうせ私は」「いつも私はこうだ」とくすぶり続けたりする場合もあるでしょう。
一見「働き方改革」とつながりがないように思える「過去に傷ついた言葉」ですが、私は自分の行動を限定してしまうという意味で大いに関係していると考えています。
小さい頃に言われた言葉にとらわれていませんか?
以前、企業の働き方改革の研修に講師として関わった時、こんなことがありました。改善意見やどうすればよいのかを誰よりもよく分かっているのに発言や改善をしようとしない人がいたのです。勤務態度は真面目で丁寧。会社の未来もきちんと考えており、別に投げやりな仕事をしているわけではありません。責任感があり目の前のことに誠実に取り組むタイプなのに、このような態度になってしまうのはなぜだろう、と思い、詳しく理由を聞いてみました。
彼女は小さい頃、自分がしたいことをなかなかさせてもらえないことが多かったそうです。そのせいか、主張して何かをつかみ取りたいと思っても「どうせうまくいかない」と行動に移すことを諦めてしまうクセが付いてしまったとのこと。仕事でもそのクセが抜けず、主体性を持って改善しようと頭では思っていても「どうせ反対される」と自分をセーブしてしまうようになりました。
「どうせ」「いつも」と自らジャッジするクセを付けてしまうと、思考の幅が制限されます。自分に対してだけでなく、いつまでも変わらない会社や上司に対しても「どうせ」「いつも」と諦めるようになり、新しい発想で仕事を捉え直すことが難しくなってしまうのです。
私たちが目指していくべきは「じぶん働き方『改善』」ではなく「じぶん働き方『改革』」です。改善なら今までの延長線上で考えてもいいかもしれませんが、改革をするからには、今までの考えからは全く違った視点で問題を眺め、飛躍した切り口から考える必要があります。そのためにも、自らをジャッジして制限してしまうような「言葉の呪い」から逃れる必要があるのです。
私が「バカだと思われたくない」を克服したプロセス
例えば私の場合「バカだと思われたくない」という思いが極端に強過ぎて、分からないことを分からないと言えないという状態が長く続きました。そのため、聞けば3分で解決する仕事の問題についてなかなか質問できずに3時間も問題をこねくり回すということをしていました。
私は小さい時、担任の先生に授業中に皆の前で「IQが低い」と言われたことを長い間気にしていて、「バカだと思われる」ことを極端に恐れていたのです。大人になった今考えてみると、担任の発言は問題だと思います。今は克服しましたが、言われてから10年以上も引きずり、ちょっとしたきっかけですぐに「バカだと思われたくない」という理由から行動が制限されてしまっていました。
バカだと思われたくないから、人前で自分の考えを言えません。会議やディスカッションの場でも、何かかっこいい、知的で有用なことを言わないとバカだと思われてしまう、と口を閉ざしました。「何か質問はありますか?」と聞かれて、聞きたいことがあっても「そんなことも知らないの?」と思われるのではないか、と思うと怖くて聞けませんでした。そのくせ、質問をした人が論点がずれたことを言っているとき、心の中で「そんなことも知らないの?」とちょっとばかにしているような、ひねくれたところがありました。
最初に感じた素朴な疑問をそのまま口にしよう
この状態から脱却したきっかけは、当時会社の役員だった上司の一言「もっと、心に最初に感じた素朴な疑問をそのまま口に出すようにしなさい」というものでした。私は「賢い質問をしなければできる人だと思われない」と思い込んでいましたが、上司の考えは逆で「素朴な疑問をそのまま発することができるのが、本当にできる人だ」という考えだったのです。
私にとって大きなパラダイムシフトでしたが、この視点で周囲を見てみると、確かに仕事ができる人、仕事が速い人は自分が知らないこと、助けてほしいことを気軽に口にして、助けてもらいながら自分をどんどんアップデートしていたことに気付いたのです。
この出来事があってから、「このまま、分からないのに分かったふりをして生きていくのは嫌だ!」と、腹をくくることができました。
「私は何にも知らないから、ゼロから学ぼう!」と、分からないことを思い切って外に出すようになった途端、みんなが親切に教えてくれたり、「実は私も分からなかった」とこっそり教えてくれたりするようになり、悩んでいたのは自分だけじゃないんだ、と励みになりました。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥といいますが、まさにそれを実感した瞬間でした。「分からない」を「分からない」まま発信し、「分かる」ようになっていくというプロセスにこそ、成長があるのだと知りました。
また、自分自身が守っている「理想の自分」なんてちっぽけなもので、それを捨てて、「それでもいいよ」と思ってもらえることへの安心感も得ることができました。
素朴に質問して「前言撤回力」を磨こう
では、小さい頃からの「言葉の呪い」を自ら解いて自由になるためにはどうしたらよいのでしょうか。私は「前言撤回力」に着目しています。
「前言撤回力」とは私の造語ですが、過去の自分の行動や言葉にとらわれて今の気持ちをおろそかにしない、という意味です。
● 私は過去にこんなことを言われて傷つき、行動できなくなった
● この前言ったこととつじつまが合わないから言うのをやめよう
● 決めたことができないと意志薄弱と思われる
そんなふうに過去の自分に固執して、今感じている自分の声をかき消すことをまずやめてみることが、過去に傷ついた言葉から逃れる第一歩です。
自分が信じている常識が、今の自分に合っているなんて思い込まなくてよいのです。
「自分は人にこう言われたからできない」と思っていたのは、今の自分ではなくて、過去の自分です。今の自分は、過去の自分よりも経験を重ねていて、分別もあるわけですから、過去の決断が仮に間違えていたとしても、それに今気付けたのならそれでいいわけで、自分の本当の心を押さえたまま我慢して、貴重な人生を無駄にする必要はありません。
今はどんどん「常識」とされるものが変わってきています。20~30年ほど前は教わったものを、正確に、機械のようにそのままできることが「優秀」だと思われたかもしれませんが、今後そういったことは機械がやってしまうから「優秀」の概念も変わってきています。過去に「24時間戦えますか?」というキャッチコピーで話題になったCMは、当時は全く問題とされませんでした。むしろ好感を持って迎えられていたほどでしたが、今流したら間違いなく大炎上することでしょう。世の中の常識がこれほど変わってきているのに、自分の常識をアップデートさせない手はありません。
小さな一歩かもしれませんが、今感じている自分の素朴な気持ちを大切にすることが、過去の思い込みやとらわれから決別するための第一歩となります。
今回のまとめ
今回の話をまとめると、次のようになります。
●全く違った視点で問題を眺め、飛躍した切り口から働き方を改革するためにも、自らをジャッジして制限する「言葉の呪い」から逃れよう
●素朴な疑問をそのまま発することができるのが、本当にできる人
●自分が知らないこと、助けてほしいことを気軽に口にして、助けてもらいながら自分をどんどんアップデートさせていこう
●一流の人の仕事ぶりを盗むコツが「前言撤回力」を身に付けること
●気軽に「前言撤回」し、今自分が感じていることを素直に発信していこう
株式会社 朝6時 代表取締役。慶應義塾大学総合政策学部卒業。外食企業、外資系戦略コンサルティング会社を経て現職。企業や自治体の朝イチ仕事改善、生産性向上の仕組みを構築している他、「働き方改革プロジェクト」「女性活躍推進プロジェクト」など、ミドルマネジメント戦力化のためのコンサルティングや研修を行っている。「絶対! 伝わる図解」(朝日新聞出版)、「朝活手帳」(ディスカヴァー21)など著書多数。
[nikkei WOMAN Online 2018年5月23日付記事を再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。