サッカーW杯において、日本代表はベルギーに敗れたものの称賛を浴びた(7月2日)=共同スポーツの産業化は、政府の成長戦略でも主要な柱に位置づけられている。その先鞭(せんべん)をつけた一人がマーケティング会社、スポーツマーケティングラボラトリー(東京・港)の荒木重雄代表だ。ロッテ球団の執行役員として経営改革を推し進めたことで知られる。スポーツ市場を知り尽くした同氏は、2年後の東京五輪をどう活用しようとしているのか。インタビューからは「スポーツマンシップ」というキーワードが浮かび上がってきた。
◇ ◇ ◇
インタビューに答えるスポーツマーケティングラボラトリー代表取締役の荒木重雄氏――政府は東京五輪・パラリンピックをきっかけに、スポーツの市場規模を2015年の5.5兆円から20年に10兆円、25年には15兆円に伸ばす目標を立てています。達成のためのポイントは何ですか。
「スポーツの産業化といわれますが、因数分解していくと実はすごくシンプルで、商品はひとつしかありません。それはゲーム(試合)です。ゲームがあるからチケット、スポンサーシップ、放送、ライセンス商品などの派生効果が周辺に生まれます」
「ゲームが輝けばそれらの価値は一気に増幅されて周辺に広がるし、逆に少しでも輝きが濁れば、極端に価値が落ちてしまう。その差がものすごく大きいのがスポーツです。だとするならば、グッドゲームの核をどう見極めるかが本質的にすごく重要になると思います」
――グッドゲームの核とは何ですか。
「一つの本質がスポーツマンシップだと思います。『あのゲーム良かったね』ということで終わらせずに、いかに付加価値をつけてエンジンを持続させるか。そういう意味でいえば、稼ぎたかったらスポーツマンシップを極めるべきだと思います。スポーツマンシップをもう一回見直して普及させることに、ポスト2020の大きなポイントがあると思います。スポーツ産業を大きく伸ばしていくにはグッドゲームが必要なのです」
■ネイマール選手の「過剰演技」は…
――稼ぐということとスポーツマンシップの取り合わせには意外感があります。スポーツマンシップについて、改めて説明してもらえますか。
「選手が自主的に目標を持って、大会のために最大限の努力をする。それは自分だけでいいのではなくて、相手がいなければゲームはできません。相手がもし適当にやっているチームだったらどうでしょう。こちらは気合が入っているけれど、相手はやる気がなければ、人は感動しないですよね」
――先日閉幕したサッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会はどうでしたか。
「W杯があれだけ盛り上がるのは、どのチームもそれぞれ国を担いで、決してずるをせず、相手を尊重し、ルールを尊重し、審判を尊重しているからであって、これ以上ないという力のぶつかり合いからグッドゲームが生まれます。そこに、みな心を引かれるわけですよね。勇気をもらう人もいれば、あすからがんばろうとか、もっと優しくなければと思う人もいるでしょう」
試合に勝った後のドイツ代表の振る舞いに、スウェーデンのコーチが抗議する場面も(6月23日)=ロイター「グッドゲームは勝ち負けだけではありません。日本代表のポーランドとの試合では退屈なボール回しを見せられましたが、最後のベルギーとの試合ではみな感動して『ありがとう』となりました。試合終了後の選手の立ち居振る舞いやインタビューも大切です。ドイツ代表がスウェーデンに勝った後の挑発もありましたし、(グラウンドに頻繁に倒れ込んだ結果、過剰に演技していると指摘されたブラジル代表の)ネイマール選手もそうです」
――荒木さんというと、ロッテの売上高を3年で4倍に引き上げた実績で知られます。スタジアムとの一体運営、顧客情報管理(CRM)の導入、インターネットによる情報発信など当時としては画期的でした。それが、なぜ今度はスポーツマンシップなのですか。
ブラジルのネイマール選手はグラウンドに倒れ込む場面が多かったことから、「過剰な演技」と指摘された(7月6日のベルギー戦)=ロイター「ロッテ時代にやったことは短期的な視点に立っていました。3年間で(売上高を)3倍、4倍にするというミッションがあって、それを実践することと、東京五輪・パラリンピックを契機に10年先、20年先のスポーツビジネスをどうするかということとは視点がぜんぜん違います」
「どんなに強いチームでも10試合のうち4試合は負けます。調子が悪いときには、負けが込むこともあるでしょう。ロッテ時代は、負け試合でもお客さんに足を運んでもらおうと懸命に考えました。短期ならそれも可能ですが、もし長期にわたってBクラスが続けば限界があります。ビジネスとしてはボラティリティー(変動)が大きすぎてサステイン(継続)しませんよね」
――長期でみると、ロッテで確立したビジネスモデルだけでは足りないということですね。
「私がロッテの改革をしていたのは05年から4年ほどです。当時はスポーツビジネスが市民権を得ていませんでしたし、プロ野球も全球団がビジネス、ビジネスしているとは言いがたい状況でした。それから10年以上がたち、今では、スポーツビジネスがある意味『マニュアル化』され、いろいろなリーグやチームに取り入れられるようになりました。それはそれでひとつのエンジンとして機能しているのですが、10年先、20年先を考えたとき、いまのモデルのままでは成長に限界があると思うのです」
「チケット、スポンサーシップ、放送権、ライセンス商品がスポーツ産業の4つの柱です。それらの価値を上げるといっても、真ん中の商品(ゲーム)をもっと輝かせないで、どうしてそれができますか。4つの柱以外に、もっと本質的にスポーツの価値を活用できるものがあるのではないでしょうか。そう考えるなかで、ポイントの一つがスポーツマンシップにあるという結論に至りました」
■社会課題をスポーツで解決できる
――スポーツマンシップを広めるうえで、五輪はどういう役割を果たせますか。
「五輪は見る人にスポーツの本質を伝えるチャンスです。オリンピック憲章にもある通り、オリンピック・ムーブメントの目的はスポーツを通じた青少年育成であり、金メダルを取ることではありません。これらスポーツの持っている価値の源泉に焦点をあてて、国民の間に広げる、つまりは『人材育成に貢献』することが重要です」
「サッカーのW杯や野球のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)と違って、五輪はメジャースポーツからマイナースポーツまで様々な競技が行われます。普段接しない競技でも『選手たちは、こんな努力をして、こんな思いで、よきライバル・仲間と試合に臨んでいるんだ』ということを子供たちに教える最高の環境です」
「五輪の追い風を受けながら、スポーツの長期的な活用方法を確立すべきだ」と荒木氏は訴える「グッドゲームを通じてスポーツマンシップを伝えることで、子供たちが大人になってアスリートになればさらにグッドゲームが生まれますし、アスリートにならなかったとしても、日本人のスポーツに対する見方や価値の捉え方が変わるはずです」
――その結果、スポーツの新しい活用方法が生まれてくるのでしょうか。
「今は『このチームの人気があって(企業の)露出が増えるからスポンサーになろう』といった、露出中心の短期的な考え方が主流かもしれません。でもスポーツの本質的な価値が見えてくると、『スポーツをもっと応援したい』という単純な話ではなく、『我が社のこれとスポーツを掛け合わせて、こんなことができるのではないか』という視点が生まれてきます」
「その一つが、ソーシャルスポンサーシップです。社会や企業の抱えている課題を、スポーツの持っている力で解決していけるのではないかと考えています」
――課題の解決とは、具体的にどんなイメージですか。
「高齢化、いじめ、外国人の受け入れなど、日本は社会課題の先進国です。スポーツを活用する場面はたくさんあると思います。たとえば一般の日本人がいきなり外国人と交流しようとしても言葉の問題もあって尻込みするでしょうが、スポーツを介せば、すぐに打ち解けられるのではないでしょうか」
「あるいはスポーツの本質、たとえば五輪の見方を小学生や未就学児に徹底的に教えるというのはどうでしょうか。五輪がないなかでそれを始めるのは難しいですが、今だったらできます。2年かけてプラットフォームさえつくってしまえば、五輪が終わっても続けられます」
■中小企業にも身近にチャンス
――高いお金を払って五輪スポンサーになったものの、何をすべきか分からない企業が多いと聞きます。
「大きく分けて、2つの道があります。ひとつは投資したお金に対して、五輪までにどれだけ企業価値を上げられるかという短期的なマーケティングです。もっとも2年間に露出を最大化しても、売り上げを伸ばす効果は知れているでしょう。それより重要なのは五輪の後です。10年、20年先に自分の会社がどうスポーツに関わり、長期的な視点でどう企業価値を上げるかを考え、五輪の追い風を受けながらプラットフォームをつくる方が有効だと思います」
「五輪というとコカ・コーラやプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)のようなグローバル企業に目が行きがちですが、米国にはもっと小さな企業で地域の身近なスポーツを使ってうまくやっているところが相当あると思います。そうでなければ、米国にあれほどたくさんのマイナーなスポーツやチームは存在しません。日本の中小企業にとっても大きなチャンスだと思います」
(聞き手はオリパラ編集長 高橋圭介)
荒木重雄
1963年生まれ。日本IBMなどの要職を経て、ドイツテレコム日本法人の代表取締役に就任。2004年のプロ野球再編をきっかけに05年千葉ロッテマリーンズに転じ、執行役員として同球団の経営改革をけん引。09年にスポーツマーケティングラボラトリー(スポラボ)を設立して代表取締役に就任。13年から日本野球機構(NPB)の特別参与(後にNPBエンタープライズ執行役員)として、野球日本代表・侍ジャパンの事業戦略、デジタル戦略を担当。
日経からのお知らせ 日本経済新聞社は8月2、3日に慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科と共同で、スポーツ産業の未来をテーマにした講演会「SPORTS X」を開催します。スポーツ庁長官の鈴木大地氏、スポーツマーケティングラボラトリー代表取締役の荒木重雄氏、慶応大SDM研究科委員長・教授の前野隆司氏、ブラインドサッカー日本代表監督の高田敏志氏などが登壇します。申し込みは7月30日(月)まで、インターネットで受け付けています。詳細は「日経イベント&セミナー」(https://events.nikkei.co.jp/4249/)をご覧ください。
本コンテンツの無断転載、配信、共有利用を禁止します。