動画配信サービス「Paravi(パラビ)」のオリジナル番組『世界の美しい椅子』本編に入りきらなかったエピソードを紹介する2回目は、北欧を代表する名作「スツール 60」と「ザ・チェア」を取り上げる。
王国と共和国、北欧デザインの違い
木製で、機能的で、スタンダードなデザイン……というのが、一般的に語られる北欧デザインのイメージだが、もう一歩踏み込むと北欧デザインの本質が見えてくる。
20世紀のフィンランドのデザインにおいて忘れてはならないのが、アルヴァ・アアルト(1898~1976)である。30年代から建築家、デザイナーとして活躍したアアルトは、フィンランドのモダンデザインの礎を築いた人物といってもいいだろう。椅子においても多くの名作を発表しているが、とりわけ「スツール 60」(33年)は世界中で見かけられる。コピーもはびこっているのだが、裏を返せば、それだけ汎用性が高く、時代や流行に左右されない価値を保ち続けている証拠といえるだろう。
なぜ、スツール 60が世界的に広まり、発表から80年以上が経過した今も製造されているのか。第一に、安価であることが挙げられる。フィンランドの森に自生する白樺(バーチ)を材料に、座面と脚を簡易な組み立て式にすることでフラットパック(部品を分けて梱包し、開封後に組み立てる)を実現し、さらに座面と脚の接合にはビスを用いた。そうすることで、原料費、配送費、組み立てにかかる人件費などのコストを下げたのだ。また、積み重ねられるので、住宅だけでなく、学校や図書館などのパブリックなスペースでも重宝された。さらに、シンプルなデザインゆえに、古さを感じさせないというのも大きい。
この椅子が誕生した背景として、アアルトの才能があったことはいうまでもないのだが、フィンランドであったことも大きい。おそらくデンマークでは生まれなかっただろう。なぜなら、フィンランドは共和国で、デンマークは王国だからである。もちろん、これが絶対的な理由とは言い切れないのだが、「王室御用達」が存在しないフィンランドのデザイナーであれば、おのずと庶民の生活を念頭に置いてデザインを考えることになるのが自然だ。つまり、華美であることよりも実用的であること、買い求めやすい価格であることが重要になる。
クラフトマンシップあふれるデンマーク
組み立て式やビスによる固定という発想は、デンマークのデザイナーには思いつきにくいだろう。彼らなら、金属などは使わずに、技巧的に美的に処理しようと考えたはずだ。だから、一般的にデンマークの職人の技術は高いといわれる。前回のハンス・J・ウェグナーの「Yチェア」については、ウェグナーのなかではリーズナブルな椅子だが、デンマークの有名な家具工房であるPPモブラー社で今も製造されている「ザ・チェア」などはクラフトマンシップにあふれた威風堂々とした、たたずまいである。
60年の米大統領選でリチャード・ニクソンと争ったジョン・F・ケネディが、シカゴでのテレビ討論会の際に使ったというエピソードでも有名な椅子だ。
椅子の材質やデザイン、デザイナーというミクロな視点だけでなく、歴史や生まれた国の政治文化、社会的な背景といったマクロな視点を持つことで、名作椅子をより深く理解することができるだろう。
デザインジャーナリスト。日本文芸家協会会員。1972年生まれ。デザイン、インテリア、北欧などのジャンルの執筆および講演などを中心に活動中。著書に「ストーリーのある50の名作椅子案内」(スペースシャワーネットワーク)、「北欧とコーヒー」(青幻舎)などがある。
[PlusParavi(プラスパラビ) 2018年7月14日付記事を再構成]