夏のトレーニング 疲労回復の4ポイント(有森裕子)
今回は、夏場のトレーニングの成果を左右するリカバリー(疲労回復)についてお話ししたいと思います。
夏場に特に大事なのは疲労をためないこと
私は現役時代、暑さに強い選手だったので、冬よりも夏の練習の方が得意でした。夏のトレーニングの目的は、秋や冬のレースに向けた"脚作り"。日本だと北海道の士別や網走、伊豆大島、海外では米国ボルダーなどで夏合宿を行い、激しいトレーニングで自分を追い込みました。
北海道といえども夏は暑いので、スピードはあまり出ませんが、長い距離を走り込みます。トップスピードの8割ぐらいのスピードで、3000m-2000m-1000mといった区切りで計5000~6000mを1セットとするインターバルトレーニング(速いスピードのランとゆっくりのスピードのジョグを数セット繰り返すトレーニング)をよく行っていました(インターバルトレーニングについては、「有森裕子 中上級ランナーにインターバルトレーニング」を参照)。
こうした夏場の長い距離の走り込み練習で大切なのは、なるべく疲れをためないことです。つまり、普段からリカバリー(疲労回復)をしっかりと心がけることで、暑い夏でも効果的な練習を継続できるのです。特にビジネスパーソンの場合、日々の仕事もある上でのトレーニングですので、できるだけ翌日に疲れを残さないことが、仕事のパフォーマンスを下げないことにもつながります。
涼しい時間帯を選び、こまめに水分補給を
スムーズなリカバリーのためにまず気を付けたいのは、トレーニングの時間帯や水分補給の工夫です。
8月は、午前中でも30度を超す暑さになる地域が多いと思います。長めの距離を走り込む時は、走る時間帯を涼しい早朝、あるいは少し気温が下がってくる夕方以降にして、炎天下に走るのはくれぐれも避けてください。やむを得ず日中に練習するときは、室内でのジョギング、あるいはウエイトトレーニングや補強トレーニングを主体にすることをお勧めします。
水分補給の重要性は言わずもがなです。大量の汗をかく夏のトレーニングで水分補給が足りないと、熱中症のリスクが高まるだけでなく、全身の筋肉にもダメージを与えます。ランニング用のウエストポーチなどにドリンクを装着して走ってもよいですが、重みや揺れが気になるという人も多いでしょう。そうしたときは、片道のロングコースではなく、短めの周回コースや、一本道を折り返して行ったり来たりするコースを選んで走ることをお勧めします。そのコース上にドリンクを置いておくと、ボトルを持って走らなくてもこまめな給水ができます。
また、汗をかくと水分だけでなく塩分も失われるため、家に戻ったら梅干しを口にしたり、水や白湯に入れて飲んだりして塩分を補給しましょう。梅干しは食あたりの予防にもなります。
気持ちがいい水中でのクールダウンもお勧め
練習後のクールダウンをしっかり行うことも、リカバリーを早める秘訣です。芝生の上をゆっくり走って筋肉をほぐすのもいいですが、私は、夏場の練習後はプールに入り、自分にとって心地良いスピードで1000mぐらい泳いでいました。トレーニングで火照った体の熱を冷まし、筋肉をほぐすといったイメージでしょうか。何よりも水の中は気持ちがいいので、精神的な疲れも癒されます。
「積極的休養(アクティブレスト)」という意味では、勾配の緩やかな山道をゆっくり走るトレイルランニングも効果的です。私が現役の時は、夏合宿の合間に、数キロ程度のトレイルランニングのメニューを取り入れていました。激しい練習の合間に、森林浴をしながら長い距離をゆっくり走ることで筋肉がほぐれ、心身の疲労がたまりにくくなるのです。
クールダウンの後は、マッサージで体をほぐしたり、ストレッチで筋肉をゆっくり伸ばしたりして、しっかりケアをしましょう。このひと手間を省くと、筋肉に疲労が残りやすくなってしまいます。
さらに、腹筋や背筋、下肢の筋肉などを鍛える補強トレーニングも大事です。各パーツをきっちり強化しておけば、体力の消耗の激しい夏場にトレーニングをしても疲れにくくなりますし、涼しくなった秋口に、スムーズなスピードアップも期待できるでしょう。
体の冷やし過ぎは疲労回復の大敵
普段の生活でも、疲労をためにくくするコツはあります。まずは「冷やし過ぎ」を避けること。冷房が効き過ぎた室内にいると、体が冷え、だるくなってしまいます。特に膝や肘といったよく動かす関節が冷えると可動域が狭まり、動きも悪くなってケガをしやすくなります。内臓の冷えも疲れの大敵なので、冷たい飲み物はできるだけ避けましょう。私は現役時代、夏でも水やお茶は常温で飲むようにしていました。
疲労回復には食事の工夫も欠かせません。夏場の食事は、疲労回復に役立つビタミンB1や、筋肉を作るたんぱく質を意識的に摂取し、その他の栄養素もバランスのよくとることで夏バテを防ぎましょう。
とはいうものの私自身、夏は食欲が落ちることが多く、たくさんの量を一度に食べられずに苦労した覚えがあります。そんな時は、1回の食事の量を減らして、5回ほどに小分けにして食べていました。たんぱく質や鉄分、食物繊維などをバランスよく含む納豆は重宝した食材の1つで、細かく刻んで味噌汁に入れたりしていました。
食欲がない時は、野菜ジュースのような口当たりが良いものを摂取することも一つの手です。しかし、常に口当たりの良いものばかり食べたり飲んだりしていると、消化器官の働きが弱くなります。旬の食材を口にし、かめるものはできるだけかんで食べる。人間として当たり前の行為ですが、それを怠らないことが、夏場は特に大事です。
疲れると体のバランスも崩れてくる
睡眠も、疲労を回復するためにとても重要です。暑さで寝苦しい夜は、入眠しやすいように冷房をかけた上で、体を冷やし過ぎないようにタイマーをかけるようにしましょう。ひんやりした素材のベッドシーツやかけ布団などを利用するのもいいですね。特に慢性的な疲労が続く時は、眠りが浅い場合が多いといいます。場合によっては、専門医に診察してもらうことも必要かもしれません。
疲れがたまると、トレーニングの質が落ち、知らず知らずの間に体のバランスも崩れてきます。バランスの崩れは思わぬケガにもつながりますので、できるだけ早い段階で異変に気付くためにも、毎朝、全身鏡で自分の体を映してみることをお勧めします。
片方の肩が下がっていないか、猫背になっていないか、手を上にスムーズに挙げることができるかどうか。そうしたことを鏡で確認して、バランスが崩れている部位があれば、マッサージしてほぐしたり、普段の姿勢や走り方を見直したりしてみてください。
猛暑を乗り越え、爽やかな秋を迎えたときに、気持ちよくスピードを上げて行けるよう、夏のトレーニングでは「リカバリー上手」を目指していきましょう。
【トレーニング後に疲労を残さないための4つのポイント】
(1)トレーニングは涼しい時間帯を選び、こまめに水分補給をする
トレーニングは気温が低めの早朝や夕方以降の時間帯を選び、日中に練習する時は、室内でのジョギング、あるいはウエイトトレーニングや補強トレーニングを主体に。外を走る際は、短めの周回コースや、一本道を折り返して行き来するコースを選び、そのコース上に給水ボトルなどを置いてこまめに水分補給をする。
(2)クールダウンをしっかりする
練習後、プールでゆっくり泳いで火照った体を冷やして、筋肉をほぐす。あるいは、マッサージやストレッチで体をほぐしたり、伸ばしたりする。また各パーツを補強トレーニングで鍛えることで、練習量が多くなっても疲れにくくなる。
(3)食欲がなければ小分けにして食べたり、口あたりのよいものを食べる
一度の食事でたくさん食べられなくなれば、小分けにして食べたり、みそ汁や野菜ジュース、うどんやソーメンといった口あたりのいいものを食べたりする。
(4)冷たいものを摂りすぎないようにして、内臓を冷やさない
氷が入った冷たい飲み物は極力避ける。内臓が急に冷やされ消化器官の機能が低下するため、食欲が落ちたり、下痢や夏バテなどを引き起こす原因にもなる。
(まとめ:高島三幸=ライター)
元マラソンランナー。1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。
[日経Gooday2018年7月10日付記事を再構成]
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