懐かしき学び舎で食や湯を満喫 「廃校の宿」10選
木造校舎の懐かしさや「教室に泊まる」楽しさなど魅力はまちまち。
食や湯も楽しめるお勧めの宿を、専門家10人がランキングした。
短期滞在に便利 観光資源も豊富
文部科学省によると、2002年度から15年度までに、公立の小中学校・高校など約6800校が廃校になった。だが施設が残っている5900校ほどのうち、70%は地域の体育館や交流施設として活用されている。慣れ親しんだ校舎を残したい、との声が地元から上がるためだ。「廃校の宿」は旅行や短期滞在などでその地域を訪れる人を呼び込むのに適した施設のため、増える傾向にある。多くは自治体の委託でNPO法人や市民団体が運営している。
施設数の増加による地域間競争を背景に、それぞれの宿は食や湯の充実に動いている。「道の駅保田小」のアジフライは地元の漁港から鮮度抜群のアジを直送している=写真。「秋津野ガルテン」では、地場産の食材を知り抜いた地元の主婦らが料理する「スローフードバイキング」のランチが好評だ。温泉や眺望が売り物の浴室を整備する宿も多い。
廃校の宿は一般に低料金。観光の足場としてもっと注目されていい。
地元かんきつ類・野菜が充実 (和歌山県田辺市)
2008年開業の体験型施設で、地元農業法人が運営する。1953年に建てられた旧上秋津小学校の木造校舎を、各種イベントを開く体験棟に転用。中庭を挟んだ新設の宿泊棟とレストラン棟からも、懐かしい雰囲気の学舎(まなびや)を間近に眺めることができる。
専門家の多くは推薦理由に食の充実を挙げる。「ミカンをはじめかんきつ類のジュースはもちろんアイス、シャーベットが年間を通じて振る舞われる。かんきつ好きの人はぜひ訪れて」(井口育紀さん)、「地元の野菜や旬の山菜を知り尽くした農家のお母さんたちが供するスローフードのレストランが最高のもてなし。ランチのバイキングも充実している」(重松大輔さん)。
近くの農家と連携してミカンを収穫したり体験棟でジャムを作ったりする催しは子どもに人気だ。有名観光地に近いのも評価された。「世界遺産の熊野古道の玄関口といっていい」(小林和彦さん)。海と温泉で有名な南紀白浜も近い。
(1)和室4人部屋に大人4人・1泊2食付きで1人6950円(中学生から大人料金)(2)JR紀伊田辺駅から路線バスと徒歩で20分(3)http://agarten.jp/
秘境100選「秋山郷」に立地 (新潟県津南町)
日本の秘境100選のひとつで長野県境に近い「秋山郷」に位置する。「泊まる、食べる、癒やす、知る、楽しむの5つのテーマがそろう」(熊野稔さん)。フキノトウやゼンマイ、キノコなど山の幸が豊か。宿を管理する渡辺泰成さん夫婦らが地域の農家から仕入れる。
癒やしは湯。「近くの結東温泉からかつての校長室に引き湯している」(市原実さん)。津南町は地域の田畑などに絵画やオブジェを展示する「大地の芸術祭」でも知られる。宿は「芸術祭を楽しむ拠点として最適」(井上弘司さん)。雪深い地でこれまで冬季は休業していたが、今年から通年営業する。
(1)大人2人・小学生1人で1泊2食付きの場合、大人1人9200円・小学生6300円。(2)JR越後湯沢駅から路線バスとタクシーで1時間(3)http://www.tsumari-artfield.com/katakuri/
森林散歩や漁業体験 (宮城県石巻市)
2002年に閉校した小学校を改装し、滞在型の複合体験施設として15年に開業した。2段ベッドを44人分設置。利用増を受けて16年に設けた別棟にも20人が泊まれる。東日本大震災で被災した地域の復興の象徴的事業で「大勢のボランティアと地元の若者が関わった。未来を担う全国の子どもを小さな漁村が受け入れようとした過程が素晴らしい」(小林さん)。
近くに三陸のリアス式海岸。ウニ、アワビ、ナマコなど四季折々の海の幸が供される。「土壁の露天風呂は薪(まき)ボイラーを使うなどこだわりが多い」(畠山徹さん)。「宿泊施設に求められる清潔で快適な空間も維持している」(上野彩子さん)。森林散歩や漁業など子ども向けの体験メニュー(写真上)も好評。
(1)1泊2食付きで大人1人8640円、小中学生1人7344円(2)JR仙台駅から有料送迎バスで2時間(3)http://moriumius.jp/
広がる芝生と南国植物 (沖縄県今帰仁村)
校庭には芝生が広がり、南国の植物が生い茂る。「沖縄の気候に合わせた深いひさしと、壁がなく柱だけで構成されたピロティの空間が魅力」(斎尾直子さん)。100人ほどの宿泊が可能で、ツイン、トリプルルームなど客室も多彩。宿泊プランも数多く取りそろえる。
「ゆし豆腐」など沖縄料理は安心・安全と地産地消を追求し「ホテルでは味わえない沖縄の生活を感じることができる」(村木裕幸さん)。
(1)7月の土曜、大人2人と小学生1人で1泊2食付きをネット予約すると3人で計2万4350円(2)那覇空港からバスで名護バスターミナル。タクシー乗り換えで計2時間20分(3)http://happy-aiaifarm.com/
眼前にプライベートビーチ (愛媛県今治市)
4月、建築家の伊東豊雄氏率いる「伊東建築塾」によって改修。外観や廊下など小学校の雰囲気は残し、瀬戸内海を望む展望風呂を客室の洋間に設けた。「透明度の高いプライベートビーチが目の前。美しい海辺とぬくもりを感じる木造校舎の組み合わせがフォトジェニック」(上野さん)。「部屋の種類が豊富で、個人、家族、団体いずれも楽しめる」(重松さん)。
西日本豪雨で一時休業したが営業再開。ただ水道や交通への影響が残り、食事などにしばらく支障が出る可能性がある。「建物に被害はありません」(運営する藤原大成さん)
(1)洋室1泊2食付きで大人1万6200円、小学生8100円(2)JR今治駅からバスで1時間30分(3)https://www.ikoinoie.co.jp/
体験の場を絶えず企画 (千葉県鋸南町)
2014年に閉校となった旧保田小学校をリノベーションし、交流施設として15年にオープンした。「泊まる、土産物を買う、音楽会や工作教室など、体験の場を絶えず企画している。道の駅をこれだけ充実させた例はない。南房総のにぎわい再生の柱になっている」(村木さん)
旧校舎棟1階の「里山食堂」は「当時の机やいすを使っており、学校の面影を感じられる」(井口さん)。品書きにはかつての保田小の給食も。鋸南町は漁港としても有名。「地アジフライ定食」(1000円)も評判がいい。
(1)個室に1泊素泊まりで大人4000円、小学生3200円(夕食付きプランなし)(2)JR保田駅から徒歩16分(3)http://hotasho.jp/
子ども集う清流の里 (熊本県菊池市)
2004年開業と早くから廃校の宿として取り組んでいる。コンセプトは「子どもが集う場所」。自然体験を充実させることで地域外からの集客を強化し「廃校前よりも地域に大勢の子どもがいるようになった。その笑顔を見たくて地域住民が総出で運営管理する」(斎尾さん)。廃校舎の廊下を子どもが走り回るのは日常的な光景となった。
宿の近くの菊池渓谷は菊池川の源流。古くから「水源」と呼ばれてきたこの清流の里は「阿蘇山北側の周遊の玄関口。観光の拠点にも最適」(小林さん)。
(1)1泊2食で大人4225円、小学生3175円(2)JR熊本駅からバスとタクシーで1時間20分(3)http://www.suigen.org/
ランプの宿でワクワク (新潟県上越市)
校舎2階の宿泊部屋には「1年教室」などと書かれた白のプレート。これを見て子どもは心躍らせる。大人にも楽しんでもらう趣向のひとつが夜のランタン。明かりを消し、食堂の机にランタンをともして食事したり、部屋に戻る際に持ち運んでもらったりしている。「ワクワク感を楽しめるランプの宿」(井上さん)だ。
山菜のてんぷら、押しずし、郷土料理の「のっぺ汁」など「地元の食材を使った田舎料理も魅力的」(畠山さん)。
(1)1泊2食で大人7000円、小学生5920円(2)北越急行ほくほく線うらがわら駅から無料送迎で10分(個人客の場合)(3)http://www.tsukikage.net/
南アルプス望む (山梨県早川町)
南アルプスを望む廃校の宿。夏の日の出の時間帯は建物が山の陰に入り、朝日に照らされた緑濃い山々との対比が美しい。農業体験や星空観察、川遊びなど様々なプログラムを用意しており「山里ならではの宿泊体験をするなら一番充実している」(上野さん)。
温泉も売り物だ。「校舎を出て長い渡り廊下を登った高台に浴場がある。湯船につかりながら山と集落、川を眺められる」(重松さん)。セ氏19度ほどの冷鉱泉(源泉)とそれを加熱した41度の湯の2種類がある。
(1)1泊2食付きで大人7500円、小学生6800円(2)JR下部温泉駅からバスで50分(3)http://www.hayakawa-eco.com/misato/
山陰の奥座敷、自家源泉 (島根県益田市)
廃校舎そのものはなくなったが、宿全体に当時の木材を再利用。フロントや通路などの共有スペースに残る黒板やいす、世界地図、書棚の教科書などにも往時の面影が感じられる。こうした廃校の宿の雰囲気に加え、「周辺の匹見峡など自然環境が素晴らしく、接客のレベルも高い」(熊野さん)。
山陰の奥座敷として温泉も宿の自慢だ。内湯、露天風呂それぞれに自家源泉を持ち「トロリとした泉質で気持ちがいい」(井口さん)。
(1)平日1泊2食で大人9500円、小学生7500円(2)JR益田駅からバスで50分(3)https://yasuraginoyu.wixsite.com/yasuraginoyu
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ランキングの見方 数字は選者の評価を点数化した。施設名、所在市町村名。(1)宿泊料金の例(2)交通手段(3)情報サイト。写真は1、3、5位が岡田真(3位は建物のみ)。2、6、8、9位は保田井建。その他は宿泊施設の提供。
調査の方法 専門家への取材を基に全国24カ所の「廃校の宿」をリストアップ。(1)食事や温泉など宿泊施設自体の魅力(2)廃校舎の建築物としての価値、周囲の景観との対比の妙(3)近くに観光地があるなど、宿として夏休みや秋の行楽に向いているか――の観点で1~10位まで順位を付けてもらい、編集部で集計した。
今週の専門家 ▽井口育紀(NPO法人日本国際ワークキャンプセンター事務局長)▽市原実(NPO法人「日本で最も美しい村」連合理事)▽井上弘司(地域再生診療所所長)▽上野彩子(温泉情報誌「ゆこゆこ」編集長)▽熊野稔(宮崎大学地域資源創成学部教授)▽小林和彦(地域おこし協力隊サポートデスク専門相談員)▽斎尾直子(東京工業大学環境・社会理工学院建築学系准教授)▽重松大輔(スペースマーケット社長)▽畠山徹(一般財団法人都市農山漁村交流活性化機構=まちむら交流きこう=業務第1部参事)▽村木裕幸(JTB千葉支店営業課チーフマネージャー)=敬称略、五十音順
[NIKKEIプラス1 2018年7月14日付]
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