写真はイメージ=PIXTA平日の夜。筧家のダイニングテーブルでは、夕食を終えた幸子と恵がお茶を飲みながらくつろいでいます。そこへ会社の同期入社の人たちとの飲み会に参加していた良男が帰宅しました。上機嫌かと思いきや、少し深刻そうな表情です。
筧恵 同期の人たちと久しぶりに会った感想は?
筧良男 みんないろいろ家庭に問題を抱えていて、同期の一人は親の介護が始まったらしい。来週、ケアマネジャーと介護プランを話し合う予定だって。
筧幸子 介護は他人事ではないわ。高齢化とともに要介護認定者数は増え続け、2017年には641万人に達したの。公的介護保険制度が始まった2000年は218万人だったから、約3倍に増えた計算よ。これに伴い、公的介護サービスの総費用(給付費)も膨らみ続け、約10兆8000億円とこちらも3倍に増えたわ。
恵 何か対策はないの?
筧幸子(かけい・さちこ、48=上) 筧良男(かけい・よしお、52=中)
筧恵(かけい・めぐみ、25) 幸子 国は2018年度の介護報酬の改定で、介護を受ける人の自立に向けた支援や重度化を防ぐ取り組みに報酬を手厚く配る一方、比較的収益率が高いとされる大規模な通所介護事業所の報酬を減らしたり、福祉用具のレンタルに上限価格を設定したり、給付の効率化に取り組んでいるの。それでも、増加する介護費の抑制には「力不足」との指摘もあるわ。
良男 なるほど……。同期のことだけど、ヘルパーの人に来てもらうようになれば、安心できるんじゃないの?
幸子 公的介護サービスは「受けたい」と言えばすぐに受けられるものじゃないの。医療保険制度と違って保険証を持っているだけではサービスは利用できないわ。親に何らかの支援や介護が必要だと感じたら、親が住んでいる地区を管轄する地域包括支援センターか市区町村の担当課に相談して要介護認定の申請をする必要があるの。
良男 公的介護保険制度では、支援や介護が必要な度合いを要支援1から要介護5までの7段階に分けているよね。
幸子 例えば要介護2の心身状態の目安は「トイレや入浴などに一部またはすべて介助が必要。起き上がりが自力では困難」など。要介護認定を受け、どんな介護サービスをどのくらい利用するかの計画を立てるのがケアプランよ。本人や家族が作成することもできるし、ケアマネジャーなどの専門職につくってもらってもいいわ。
恵 介護費用はどのくらい支給してもらえるの?
幸子 要介護度別に支給限度額が決まっていて、その範囲でサービスを選ぶことになるわ。限度額の範囲内でサービスを利用したときは所得によって1割または2割を自己負担するの。限度額を超えた場合は超過分の全額が自己負担になるわ。8月からは現役並み所得とみなされる人は3割負担になるの。
良男 公的介護サービスにはどんなものがあるの?
幸子 「訪問介護」はヘルパーが利用者の自宅を訪問するサービスで、食事や着替えなどの介助は身体介護、掃除や洗濯などは生活援助と呼ばれるの。「訪問看護」では看護師などが自宅で血圧を測ったり床ずれの処置をしたりするわ。「通所介護」はいわゆるデイサービスセンターの利用。日中に食事や入浴、機能訓練などをするの。
恵 さっきの要介護2の人が公的介護サービスを利用すると、費用はどれくらいなの?
幸子 例えば1週間に訪問介護を3回、通所介護を2回、訪問看護を1回受けると1カ月あたり計12万280円。要介護2の支給限度額の19万6160円には収まるわ。自己負担は1割で月約1万2000円ね。
良男 体力が落ちて、さらにサービスを追加していくと、老後の年金生活への負担がじわじわと響いてきそうだな。
幸子 総務省によると、高齢者2人世帯の1カ月の収入は約21万円、支出は約26万円。月々5万円を取り崩す計算だから1万円強は負担かもしれないわ。遠距離介護の問題に詳しいNPO法人パオッコ(東京・文京)理事長の太田差恵子さんは「介護状態が続くと体力が低下し体調を崩す頻度が増えるので、医療費がかかるようになりがち」と話しているの。在宅介護では手すりの設置や段差解消といった住宅の改造や介護ベッドなど介護用品もそろえていくことになるわ。これらは公的介護保険サービスの対象だけど、一定額を超えた部分は自己負担よ。
恵 親と離れて暮らしている場合は子供が駆けつけるのに交通費がかかるし、万一に備えて緊急通報装置を付ける人もいると聞いたことがあるわ。
幸子 公的介護保険の対象外のサービスを取り入れざるを得ないケースもあるの。代表的な例が食事。自宅に弁当や総菜を届けてくれる配食サービスは公的介護保険の対象外よ。通院したときに病院内でヘルパーにずっと付き添ってもらうのも自己負担になる場合があるわ。
良男 公的介護保険の対象外のものも含めて、介護にはどのくらいのお金がかかるの?
幸子 生命保険文化センターによると、在宅介護の場合は月々の費用は平均で5万円、老人ホームなどの施設に入居した場合は11万7000円(家賃分含む)よ。もっとも、在宅介護の費用負担で最も回答が多かった層は1万~2万5000円未満。介護にいくらお金をかけられるかを基本にして、親の意向に沿ったプランを考えたいわね。
■親の財産・余命から費用計算
NPO邦人パオッコ理事長 太田差恵子さん
親の介護を始めるとき、まず考えてほしいのは「誰のお金で介護をするか」です。若い世代ほど「自分が負担しなければ」と思いがちですが、介護費用は「いくらかかるか」ではなく「いくらかけられるか」です。目安の金額を知るためには親の懐事情を把握することが大事になりますが、なかなか聞けない場合、例えば医療費控除など確定申告を手伝ったりすれば、年金額やどんな民間保険に加入しているかなどがわかります。
親の財産が把握できたら1年ごとに使える金額を割り出します。そのとき大切なのは余命を長くみること。できれば100~105歳くらいにすると安心でしょう。そうして計算した金額の範囲内で、公的介護保険のサービスを軸に居宅介護か施設介護かといったプランを組み立てましょう。
(聞き手は川鍋直彦)
[日本経済新聞夕刊2018年7月11日付]
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