作曲家でピアニストの高橋悠治氏(79)がバッハ作品と自作を含むCDアルバムを出した。坂本龍一氏ら多くのアーティストからジャンルを超えて敬愛される現代音楽のレジェンドだ。古典作品の演奏と作曲について語る。
6月25日に出た高橋氏のピアノ独奏による最新CDは「余韻と手移り」(発売元マイスター・ミュージック)。膨大な数のCDを出してきたが、バロックから現代まで視野に入れて選曲し、自作も加えるのが最近の特徴の一つだ。最新CDはJ.S.バッハ(1685~1750年)の「パルティータハ短調BWV997」から始まり、自作を含む現代作品が続き、ドメニコ・チマローザ(1749~1801年)の「ソナタイ短調C.55」で終わる。他作と自作、古典と現代作品を組み合わせ、作曲家兼ピアニストとして独自の世界観を聴かせる。
――CD「余韻と手移り」のコンセプトは何か。
「余韻は音が消えた後の残像みたいな感じ。この音は、と言っているときにはもうその音は消えている。音は記憶でしかない」
「手移りは、雅楽で(管楽器の)笙(しょう)が合竹(あいたけ)という和音を出すわけだが、その際に、一つの響きからもう一つの響きにパッと移らないで、指を一つずつ変えていく。位置をずらしていくみたいな感じ。そういうのが手移りだ。だから変化していく音みたいな感じかな」
■初めてバッハと向き合うような練習風アプローチ
――選曲にどうこだわったか。
「バッハの『パルティータハ短調』は原曲だが、指で弦をはじく撥弦(はつげん)楽器のリュートのために書かれた曲だ。チマローザの『ソナタイ短調』も当時の仕様の鍵盤楽器のために書かれた。(現代の)ピアノ音楽からはちょっと外れた曲を入れようと考えた。あまり演奏してこなかった曲を探してレコーディングをしているわけだ」
CDが出る直前の6月22日、横浜みなとみらいホール(横浜市)の練習室で高橋氏がバッハ「パルティータハ短調」を練習するのを聴いた。高橋氏は2011年に出版した著書「カフカノート」(みすず書房)の中で「練習」について、弾くたびに微妙に異なる「上演」と指摘している。未完成のままで、やり直しが可能な遊びだという。こうした考えを反映したのか、高度な技術を備えながらも、「練習室」での彼のバッハ演奏は、ぎこちなく滞りながら進む雰囲気を生み出していた。つっかえながらも懸命に弾く初心者さながら、初めてバッハと向き合うような練習風のアプローチは今回のCDでも聴ける。