マイナス94℃! 地球最低気温、南極高地で記録
地球はどのくらいまで寒くなるのだろう? 今回、衛星からの観測により気温マイナス94℃という超低温が記録された。場所は、長く暗い極地の冬で、南極大陸を覆う氷床の真ん中あたりだ。標高3800メートルを超える。2018年6月25日付けの学術誌「Geophysical Research Letters」に発表された論文によると、いまの地球表面で到達しうる最も低い気温に近いと観測チームは考えている。
研究を率いた米コロラド大学ボルダー校、米国雪氷データセンターの研究者、テッド・スカンボス氏は、「ほとんど別の惑星と言えるくらい、地球が限界近くまで寒くなっている場所です」と述べる。
現地で実際に観測された過去の最低記録は、南極点からそう遠くないロシアのボストーク基地のマイナス89.2℃だった。1983年のことだ。これほどの寒さでは、人間は数回呼吸するだけで肺出血を起こしてしまう。そのため、外で観測を行うロシア人科学者は、呼吸する前の空気を暖めるマスクを着用していた。
超低温を生み出す浅い「くぼみ」
東南極氷床の表面は平らに見えるが、実際は巨大な氷でできたカメの甲羅のように、中心が高くなったドーム状になっている。ボストーク基地はドームのほぼ中心、厚さ約3500メートルの氷の上にあるが、頂上にあたる場所ではない。スカンボス氏のチームは、氷床の最も高い場所では、さらに寒くなる可能性があると考えた。
氷床の頂上付近に観測基地はないので、南極の真冬の間に、実際にそこで気温を測るわけにはいかない。しかし、上空を通過する衛星からなら、氷の表面温度を観測できる。そこでスカンボス氏らは、数年分の衛星データを解析し、温度が低くなる時間と場所を調べて地図上に表した。
予想どおり、特に温度が低い場所が100カ所ほど氷床の頂上付近に分散していた。詳しく調べたところ、温度が低くなっている場所は平らではなく、浅いくぼみになっていた。英国南極観測局の極地研究者、ジョン・ターナー氏によれば、おそらく谷や渓谷と同じように、くぼみに冷たい空気が沈むからだろうという。なお、ターナー氏は今回の研究には参加していない。
「このようなくぼみはとても浅く、目で見てもわからないはずです」とターナー氏は言う。
空気は、地表付近でわずかに温められる。ボストーク基地の科学者が計測したのはこうした気温だった。衛星による観測と、直近の観測基地のデータを比べることで、スカンボス氏のチームは、この地域では人の身長ほどの高さの気温は、約マイナス94℃とわずかに暖かくなっているだろうと指摘する。なお、地表の足が雪に触れるあたりの場所の気温はマイナス98℃だった。
「ただし、足で雪に触れたいとは思わないでしょう」とスカンボス氏は話す。「決して楽しい体験にはなりません」
宇宙観測にも最適
これほどの超低温になるのは、非常に特殊な条件がそろったときだけだ。まず真冬で、その季節に最後に太陽が沈んでからかなりの時間が経過している必要がある。さらに、数日間にわたって空気が大きく動くことなく、氷床の上に雲やダイヤモンドダストがない完璧な晴天でなければならない。
人間からすれば、氷は冷たいものではあるが、実際には微量の熱を放射している。通常、その熱のほとんどは大気中の水蒸気に吸収され、また地表に戻されるので、熱は大気の下層に閉じこめられることになる。
しかし、南極の乾期の大気に、水蒸気はほとんど含まれない。それをスカンボス氏は、「通常、地球上の他の場所では開くことのない窓が開き始めます」と表現する。すると、地表から発せられるわずかな熱がはるか上空にまで逃げるようになるので、表面温度はさらに低くなる。
このような極寒状態を作り出す晴天は、宇宙観測にも理想的だ。そのため、スカンボス氏のチームが示した超低温地点から数キロしか離れていない場所にも、望遠鏡が設置されている。
高仰角南極テラヘルツ望遠鏡(High Elevation Antarctic Terahertz Telescope、皮肉なことに「熱」という意味のHEATと略される)を運営している米アリゾナ大学の天文学者クレイグ・クレサ氏は、「水蒸気は最大の敵なのです」と言う。「私たちは、この超乾燥地帯に望遠鏡を設置しました。しかし、十数キロ先の方がもっとよかったのでしょうか?」
HEATのある一帯はすでに最適の場所といえるものの、気候変動を考えれば、その十数キロも検討に値するかもしれない。温暖化により、大気中に凝縮された水蒸気の量は増加しているので、氷が発する熱は地表近くにより閉じこめられやすく、地表は温まり続けることになる。つまり、宇宙観測に最適な澄み渡った空が見られる回数が減るということだ。地球表面の最低温度の観測記録を破りたいと考えている科学者にとっても、もう時間切れなのかもしれない。
「温室効果ガスや凝縮された水蒸気が増えるにつれて、南極は3~4℃ほど暖まると考えられています」とターナー氏は話す。「低温記録を更新できる機会はますます減っていくでしょう。その可能性は小さくなる一方です」
(文 Alejandra Borunda、訳 鈴木和博、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2018年6月29日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。