豪快、キンキの湯煮 味付けは意外なウスターソース
ふるさと 食の横道(2) オホーツク編
7月3日、女満別空港に降り立つと、北見市のまちおこし団体「オホーツク北見塩やきそば応塩隊」の梶井敏幸さんと中鉢弘昭さんが待っていた。今度の旅はこの2人にナビゲートをお願いした。梶井さんとは旧知にして同い年。2人ともプロの料理人だ。
中鉢さんの車で網走港に行く。帽子岩を見るのが目的だった。どうしてこんな形になったのかわからないが、海の上に文字通り帽子のような形の岩がそびえている。
網走川の河口に面した道の駅「流氷街道網走」から帽子岩がよく見える。キッチンさんが盛んにシャッターを切る。冬になると目の前から流氷観光砕氷船「おーろら」が発着するのだが、夏のいまは別の観光ルートに就航しているそうだ。
昼ご飯は港の近くで取った。しかし観光客相手のその店は拍手をしたくなるようなヒドイ店だった。ちゃぶ台をひっくり返そうかと思ったが、作り付けだったのでひっくり返せなかった。「大歓迎を受けたね」と梶井さんが苦笑いした。晩ご飯で挽回するぞ。
様々な映画の撮影地になった能取(のとろ)岬に行ってオホーツクの海を眺め、暗くなる前に網走のホテルにチェックインした。
「晩ご飯で挽回するぞ」という意気込みで入ったのは、飲食街の真ん中にある「喜八」。カウンター前の氷を詰めたケースにソウハチ、厚岸産のカキ、ツブガイ、ナメタガレイ、ニシン、ソイ、キチジ、ウニ、ホタテ、タラバガニ、毛ガニが並ぶ。北の海の恵みだ。
「アジやサバがありませんね」と言うと、梶井さんと中鉢さんが「アジは食べないからね」と口をそろえた。取れない魚は食べないのだ。同じ理由で西日本ではニシンやホッケを食べない。
メニューの中からカラフトマスの自家製スモークを頼んだ。オホーツクサーモンとも呼ぶ。カキも焼いてもらおう。いやツブガイの刺し身も食べるぞ。ビールは北海道に来た以上、サッポロクラシックで決まり。どれも説明不要の美味。昼間の不愉快さが消えていく。
店長の菅原豊さんが、裏メニューにホッカイシマエビがあると言う。「ぜひお願いします」。
ホッカイシマエビの標準和名は「ホッカイエビ」。小さいうちは全部オスだが大きくなるとメスに性転換する。梶井さんが「取れたては汚い色なんだけど、ゆでると真っ赤になるんだよ。あんなに鮮やかに色が変わるエビも珍しい」と教えてくれた。このエビは浅い海のアマモの茂みで暮らす。「汚い色」はアマモに似せた保護色だ。野付湾、サロマ湖、能取湖、厚岸湾辺りが産地というから、オホーツク限定のお宝みたいなエビだ。
ゆでたエビに手を伸ばすと梶井さんが言った。「正しい食べ方を教えましょう。帽子みたいな頭の殻をまず外す。すると味噌が現れるのでそれを吸う。味噌の味が口の中に残っている間に、素早く全部の殻をむいて身を食べる」
そうしてみた。ああ、味噌がかすかに苦くて甘い。飲み込んでも口の中は味噌の味。それが消えないうちに殻をむき、真っ白な身をかじる。味噌とは違う鮮やかな甘みに目を見張り、梶井さんを見ると笑みが返ってきた。
さて本日のメーンはキンキの湯煮だ。キンキは北海道でメンメと呼ぶ。標準和名はキチジ。醤油味で煮たり塩焼きにしたりするのが普通だが、網走では昔から味を付けずにお湯で煮た。キンキは脂が強いからお湯で脂を落とし、煮たお湯は捨てる。では味付けはどうするのか。ウスターソースをかけるのだ。ということはウスターソースがごちそうの記号であった時代に成立した食べ方だろう。おそらくは戦前。違うかな。
煮魚とソースは合わないのではないかと思うのは当たり前。しかし淡泊なキンキの白身がソースを吸うと、化学反応がおきたような別種の味わいになる。隣に座った同僚が「おう」という声を発して瞬く間に平らげた。
翌朝、網走監獄に行った。といってもかつての監獄を移築して博物館にしているのもので、網走観光の目玉のひとつだ。五翼放射状平屋舎房、裏門など7つの建物が登録文化財に指定されている。独居房の中をのぞくと、人形が座っていたりしてびっくりする。こんなところで暮らすのはまっぴらご免、というのが見学者共通の感想だ。
ゆっくり見て回ろうと思っていたのに、その日の気温は7月上旬だというのに10度以下。風が強い、霧雨が降っている。何より寒い。駆け足での見学になった。
昼食は合併で北見市になった常呂(ところ)町の「レストハウス ところ」で取る。北海道のホタテは全国の6割を占めるが、常呂は単一漁協としては全国一の水揚げを誇る。そこでまず「帆立づくし定食」を頼む。貝焼き、刺し身、フライでホタテが10個。味噌汁にも1個。まさに「づくし」だ。
お寿司も食べよう。北海道では握り寿司を「生寿司」と言う。上生寿司はマグロ、オヒョウ、ボタンエビ、カニ、ホタテ、サバ、イクラ、カニ子という顔触れ。オヒョウが寿司ネタになるのは珍しい。カニ子はカニの外子で黒い。
白身のオヒョウを食べ、次はカニ子を狙っていたら同僚の箸が伸びてきてパク。口に入らず残念。ほかにラーメンなどをいただいて昼ご飯を終える。この店は有名店らしく、昼時には団体客も来てにぎわっている。
店を出ると外は相変わらず寒く、夏の訪れを告げるはずのジャガイモの白い花が寒風に揺れている。オホーツク海は冬の海のように三角波が立ち、海辺に人影はない。能取湖の東岸沿いをドライブして北見市の中心部に入った。
夕暮れ時に向かったのは焼き肉とホルモンの店「まるしょう四条店」。北見市は人口比で北海道中、最も焼肉店が多い。市民が好むのが牛のサガリ(横隔膜)と豚のホルモンだ。市内に食肉処理場があって精肉は東京や大阪に出荷され、残った内臓肉のサガリとホルモンが市民の胃袋を満たしてきた。肉はもみだれに漬けない。網にのせた肉に塩コショウを振るのが北見流。たれは加熱していない「生だれ」だ。生産量日本一のタマネギや果物、ニンニクなどが入っている。
塩コショウしたサガリが焼けた。口にいれると、それは焼き肉ではなくステーキだった。次にたれをつけると、今度は焼き肉だ。ホルモンは炭火にあぶられて丸まり、かめば外カリ中フワの理想型。七輪なのでカウンターの一人焼き肉もできる。日本各地で焼き肉を食べてきたが、北見のそれは全国屈指の美味さ、安さだ。おすすめ。
3日目の昼食は、1994年にエチゴビールとともに地ビール醸造免許を最初に取得したオホーツクビールが運営する「オホーツクビールファクトリー」で食べることになっている。外観は立派なレストランだが、地下に工場がある。
できたてのピルスナーをなめながら、オホーツク北見塩やきそばをいただく。ホタテ風味の塩だれで焼き、熱した鉄板に盛られたやきそばには、肉の代わりにホタテが入っている。上から薄いホタテ味の「魔法の水」を注ぐと、ジュワーという音とともに盛大に湯気が上がる。
観光地ではない北見。だが探せばいくらでも美味いものがある。多分、また行く。
文=野瀬泰申 写真=キッチンミノル
[日経回廊 2016年7月発行号の記事を再構成]
*価格などは取材当時のものです。
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