原因は遺伝子? 酒乱になる人とならない人、何が違う

日経Gooday

眞先さんによると、ADH1B*2が「酒乱遺伝子」と呼ばれる理由は、この遺伝子を持っている人は「血中アルコール濃度が上がりやすいから」だという。「酒乱の状態は血中のアルコール濃度が急激に上がるときに起こります」(眞先さん)。特にこの遺伝子を2つ持っている人は、アルコールの分解が遅く、飲酒後に血中のアルコール濃度が急激に上がりやすい。飲んで早々に酔っ払って盛り上がってしまうので、飲み過ぎて爆発したり、記憶をなくしたりすることが少なくないという。

私は、遺伝子を調べたことはないが、ここだけ聞いていると自分に当てはまるような気がしてならない…。

■下戸遺伝子を持っていないことも条

なるほど、ADH1B*2が酒乱に関わる遺伝子であることは分かった。ただし、眞先さんによると、もう一つ条件があるという。それがALDH(アセトアルデヒド脱水素酵素)の活性だ。

「毒性の強いアセトアルデヒドを分解するALDHも複数があり、最も大きく影響するのはALDH2です。ALDH2も、アルデヒドの分解能力が高いALDH2*1と分解能力がないALDH2*2があり、両親からそれぞれ1つずつもらい受けます。ALDH2*2を持っている人はお酒を飲むと顔が真っ赤になったり、気分が悪くなる人です。ALDH2*2を2つ持つ人は完全な下戸、1つ持つ人は顔が赤くなり、多くの量が飲めないタイプです。私はALDH2*2を『下戸遺伝子』と呼んでいます。酒乱と呼ばれる人はこの『下戸遺伝子』を持っていないタイプが該当します」(眞先さん)

そろそろ頭が混乱してきた方のために、ここで一度整理しよう。下の分類表を見ていただきたい。ADH、ALDHともに3つのタイプがあるので、合計9つに分類できる。

酒乱になりやすいのはADH1B*2(酒乱遺伝子)を持っていて、かつALDH2*2(下戸遺伝子)を持っていないタイプ。特に危険なのはADH1B*2を2つ持っていて、ALDH2*2を持っていないタイプである(図の右上の二重丸のところ)。そして次に危険なのはADH1B*2とADH1B*1を1つずつ持っていて、ALDH2*2を持っていないタイプとなる(図の中央上の三角のところ)。

眞先さんは、ALDH2*2(下戸遺伝子)を持っている人、つまり完全な下戸や顔が赤くなる人は、まず酒乱になることはないと話す。「酒乱になるためには血中アルコール濃度が0.2%を超えることが条件になると考えられます。下戸遺伝子を持つ人は、どんなに努力しても飲む量に限界があります。0.2%を超えるのは難しいでしょう」(眞先さん)

眞先さんによると、日本人は酒乱遺伝子ADH1B*2を持つ人が多くいるが、白人・黒人にはほとんど見られないという。つまり、「日本人は遺伝的に酒乱になりやすい人が多いといっていいでしょう」(眞先さん)

眞先さんの話を聞くうち、何だかだんだん不安になってきた…。私、思い切り酒乱の素質があるんじゃなかろうか? 私自身、アルコールに関する遺伝子を調べたことはないが、気になる方は久里浜医療センターなどの専門機関で検査を受ければ確認できるそうだ。またはネットなどで販売している「アルコール感受性遺伝子分析キット」などを利用する手もある。

真面目な人ほど酒乱になりやすい?

しかし、酒乱は遺伝子だけで決まるのだろうか? 実はそうではない。もう一つの要因、その人が置かれている「環境」も影響するという。

眞先さんは、「環境要因も複雑なので、『どういった環境に置かれると酒乱になりやすい』とは一概に言いにくいのですが、典型的な例として、“普段から自分を抑制している人”ほど酒乱になりやすいと考えられます。性格的に真面目な人、また職業上、抑制を強いられる人などです」と話す。「その人の置かれている精神状態、つまりストレスをどのくらい抱えているかが関係していきます。性格的に真面目にやらなければならないと思っている人ほど、ストレスを抱えやすく、酒乱になる危険性が高いといえます」(眞先さん)

冒頭で、酒乱の人は大脳皮質がアルコールによってまひしていると説明した。「いつもは脳の理性を司る部分が、喜怒哀楽などの人間の感情を作る部分を抑制しています。しかし、アルコールにより理性を司る部分が最初にまひするため、感情を制御できなくなるわけです。普段から自分を厳しく抑制している人は、アルコールによりタガが外れると、この傾向がより顕著に現れるようになると考えられます」(眞先さん)※アルコールの脳への影響については後編で詳しく解説します。

実は、眞先さんも、学生の頃は話すことや人付き合いが苦手で、ストレスを抱きがちなタイプだったそうだ。そして眞先さんは前述した遺伝子タイプも完全に酒乱タイプに該当するという。つまり、遺伝的にも環境的にも酒乱タイプというわけだ。眞先さんはかつて、大学時代に行った高校の同窓会の翌朝、目覚めたら自分の知らない部屋で寝ていたことがあったという逸話も明かしてくれた。

なんと! 眞先さんも酒乱の気があったとは! 思い切り親近感を抱いてしまうではないか。著書『酒乱になる人、ならない人』を出版されたのも、実はそうした経験があったことも関係しているという。

酒に対して寛容なの文化が酒乱を増やしている?

眞先さんの言う通り、普段おとなしく真面目な人ほど、多重人格者なのでは? と思うほど、豹変してしまう飲み方をする人が多いのは、私も実感するところだ。これはお酒に弱い日本人特有のことなのだろうか?

「若い頃の僕を含め、日本人は酒乱が多いのではないかと私は考えています。前述したように、遺伝的な要因がある上に、日本特有の『無礼講』という文化が密接に結びついているのではないかと推測しています。常に抑制やストレスを強いられる日常を覆すような日を設定し、ストレス発散のツールとして酒を利用する。人前で酔っ払うことをマナー違反とする欧米に対し、日本は酔うこと、酒に対して寛容なんですね。そうした文化背景もまた、酒乱を増やす要因になっているのではないかと思います」(眞先さん)

これはまさに納得。日本では酒乱も含めて、酒席での行動におおらかで、「酒を飲んでいたから…」という理由で許されていることが多いように思う。これも広義の意味での環境的要因といえそうだ。

今でこそ、セクハラという言葉が定着し、酒席で女性にタッチするなど許されない時代になっているが、20、30年くらい前は、飲み会となると女性の胸やお尻を触りまくるような困ったやからがいたものだ。

ある知人は、一度酒が入ると目が据わり、セクハラし放題&暴言吐き放題だった。彼は普段、蚊さえも殺さないようなおとなしい人で、上司から急に残業を強いられても絶対に「NO」と言わなかった。その後、風の噂で彼は定年となったと聞いたが、会社から解放され、環境が変わったことで酒乱的な飲み方はしなくなったのだろうか? 彼のその後は気になるところである。

◇  ◇  ◇

どんな人が酒乱になりやすいのか――。数多くの酒乱と出会ってきた私としては、かねてよりの疑問だった。今回、眞先さんから話を聞いて、ようやく納得がいった。ADH、ALDHの組み合わせという遺伝的要素、そしてその人が置かれている環境。これら2つの要因が複雑に絡むことで、酒乱は形成されるわけだ。

ここまでの酒乱の条件はある程度分かったが、酒乱が発生する仕組みももう少し知りたいところだ。アルコールが脳に影響を与えることは分かったが、実際には脳内で何が起こっているのだろうか。また、飲み過ぎると、そのときの記憶がスッポリ抜ける現象(ブラックアウト)が起こることがある。これも酒乱と関係あるのだろうか。来月公開の後編では、眞先さんに引き続き話を聞いていこう。

(エッセイスト・酒ジャーナリスト 葉石かおり)

眞先敏弘さん
帝京科学大学医療科学部医学教育センター教授。1985年東京大学医学部医学科卒業。同大学医学部神経内科、国立精神・神経センター神経研究所、虎の門病院、防衛医科大学校などを経て、2000年、国立療養所久里浜病院神経内科医長。ロックフェラー大学細菌病態・免疫学教室Research Associate、エディンバラ大学神経再生センターSenior Postdoctoral Fellowを経て現職。

[日経Gooday2018年7月3日付記事を再構成]

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