あえて見知らぬ業界に転職 社長から部長へ「格下げ」モルソン・クアーズ・ジャパン 斉藤幸信社長(下)

関係性を作るには、自分がオープンでなくては

その後の規制緩和で、営業の訪問先も地域の酒店からスーパーマーケットやコンビニエンスストアへと変わっていった。商談のスタイルも、対個人から対企業人へと変化した。それでもなお当時の営業経験は、欠かせないキャリアの原点の1つだという。

キリンビール出身の斉藤氏は外資系ビール・飲料会社に転じて、攻守を入れ替えた(写真は米モルソン・クアーズの主力ビール「ミラー」)

「予備知識もほとんどないところから関係性を作っていくのは、自分自身が圧倒的にオープンでないと、耐えられないことなんです。最初はひたすら話を聞くしかない。聞きながら相手の考え方や状況を理解し、不満を言いながらも、実はうちの会社のことを好いてくださっているんだなということも、だんだんとわかってくる。そこからようやく商談に入れるわけです。考えてみると、これはすべてのビジネスの基本です」

国内でも海外でも、「ビジネスの基本は信頼関係だ」という。信頼関係を構築できていれば、わずか5秒の会話からでも、重要なヒントを得られることがある。

「営業をしていた頃はまったく気づかなかったんですが、M&Aの交渉をしていた時にふと、こんなことを思ったことがあります。『これよりも、昔、どこそこの酒店の店主の怒りを鎮めるほうがずっと難しかったよな』と」

キャリアづくりが大胆なアジアのビジネスパーソン

斉藤氏は2014年、キリン・ディアジオ社の社長を最後に、いったん酒類・飲料業界を離れた。この決断には以前にアジアで見聞きした経験が影響しているという。

「30歳代前半からアジア圏でビジネスをしてきて、5、6カ国語を操るビジネスマンに多く出会いました。彼らがすごいのは、語学だけではありません。さっきまで同僚と中国語で話していた人が、米国人と英語で話しても、話す内容のレベルが落ちない。それぞれのお国柄や政治体制、経済事情などの背景まで知ったうえで話しているのがわかりました。それを見て、国際ビジネスマンというのはそういうものなんだと思いました」

アジアのビジネスパーソンは、キャリアに関する決断も大胆だ。「現地法人の社長をしていても、その地位をポンとなげうって友人と事業を始めてしまう。それが特別なことではなく、ごく普通にあり得ることなんです」

そんな彼らのエネルギッシュな生き方を見ていて、40歳前後からごく自然と3年後、5年後の自分自身の姿を考えるようになっていった。

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