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キャリアの原点

あえて見知らぬ業界に転職 社長から部長へ「格下げ」 モルソン・クアーズ・ジャパン 斉藤幸信社長(下)

2018/7/10

斉藤幸信氏のアジア圏でのキャリアは15年にわたる

ダイナミックなキャリアづくりを望んで、あえて未経験業種への転職を選んだ人がいる。キリンビール出身の斉藤幸信モルソン・クアーズ・ジャパン社長は酒類ビジネスでの経験にこだわらず、化粧品大手の日本ロレアルに転じた経験を持つ。その際には社長から事業部長への「格下げ」も受け入れた。アジア圏で出会った、現地ビジネスパーソンの立体的な「出世ロードマップ」に刺激を受けたという。(前回の記事は「キリンから外資ビールへ アジア経験強みに市場攻める」

「新卒でキリンビールに入ったのは1986年のことでした」と斉藤氏は振り返る。同期入社のほとんどは国内の支店に営業職として配属されていったが、自身は最初の3年間、本社の営業企画部門で支店の営業サポートを経験。その後、多くの同期と同じように「営業デビュー」した。

「ビール会社と言えば、当時は圧倒的に営業でした。『マーケティング部に行きたい』とか『広報部に行きたい』とか希望しても、そこは人数も少なく、ある程度の経験を積んだ人しか行けない。文系出身者は入社すると、ほぼ全員が営業からキャリアをスタートしました」

■ビジネスの基本を学んだビール営業担当の日々

商品が流通していく仕組みも、現在とは違っていた。酒税法に基づき、酒類の販売は免許制となっている。当時、酒を販売する免許を持っていたのは、各地で長く商売を続けてきた酒店で、ビール会社は特約店と呼ばれる卸業者を通じ、地方の酒店に商品を卸していた。

「ビールのサンプル片手にエリア内の酒店を回ったり、その店が商品を卸しているバーや飲食店を訪問したり……。店主はもちろん、その奥さん、息子さん、娘さんなど、ものすごい数の人に会うわけですが、顔と名前を覚えるのが大変でした」

先輩たちが難なく顔と名前を一致させているのを見て、新人のうちは「なぜ、そんなに簡単に覚えられるのだろう?」と首をかしげていた。店を訪問しても、いきなり商談に入ることはまずない。個性的な店主も多かった。

「顔と名前を一致させられるのは、それだけ多く会っているから。店に入った瞬間、『昔、お前たちの先輩にこんな失礼な営業マンがいた!』と怒られ、何十分間も説教をされたことがあります。理不尽と言えば理不尽ですが、見ず知らずの人に会って話をするという点では、かなり耐性がついたのではないかと思います」

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