東出昌大が見た闘う女性の魅力 映画『菊とギロチン』
恋する映画(3)瀬々敬久監督・東出昌大インタビュー
あらゆるハラスメントや差別など、いつの時代もおのおのの土俵で闘い続けている女性たち。そんななか、「強くなりたい」「自由に生きたい」と願う気持ちをかき立てる話題作『菊とギロチン』がいよいよ公開を迎える。
本作は『8年越しの花嫁 奇跡の実話』や『友罪』など、数々のヒット作を手掛ける瀬々敬久監督が、構想に30年を費やした意欲作。かつて人気を博した「女相撲」とアナキスト集団「ギロチン社」をテーマに描いている。
今回、個性的なキャストがそろうなかでも、ギロチン社のリーダーで実在の詩人でもあった中濱鐵を熱演し、新境地を開拓しているのは東出昌大さん。2018年の活躍は目覚ましく、フジテレビの月9ドラマをはじめ、カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された『寝ても覚めても』など公開される映画は7本にも及ぶ。そこで、瀬々監督と東出さんにこの作品に込めたそれぞれの思いやいまの心境について語ってもらった。
自己実現しようと飛び出す女性たちに自分を重ねた
――本作では、さまざまな問題を抱えながらも闘う女性たちの姿が印象的ですが、描くうえで意識したことはありますか?
瀬々敬久監督(以下、監督):女相撲のことは、井田真木子さんの『プロレス少女伝説』という本で知りましたが、なかでも象徴的だったのは、当時の農村の女性たちが虐げられていたということ。劇中でもそういう女性たちが家出同然で女相撲の興行についていきますが、それは彼女たちの自己実現をしたいという気持ちや、生きにくい時代の社会制度から飛び出していくんだという思いがあったからですよね。僕もそういうところに感情移入していた部分もありましたが、「女はけなげでいればいい」ということではなく、「過激ではあるけれど、がんばるぞ」みたいなところは描きたいと思っていました。
――東出さんは闘う女性たちを間近に見てどのように感じましたか?
東出昌大さん(以下、東出):これまでも、僕は女性の方が男性よりも強いなと感じていました。今回、女相撲と対になって描かれているのは、ギロチン社というアナキスト集団。彼らは口ではすごく過激なことを言ってはいますが、女相撲を目の当たりにしたときに、命をかけている女性たちがいることに感動を覚え、共感し、こういうふうになりたいと思うんです。女相撲のシーンでは、ほとんどセリフはなかったんですが、迫力がすごかったので、「行けー!」とかの掛け声は全部アドリブで、実際に感じたことが言葉になっています(笑)。
――監督にとっては構想30年、準備から完成まで2年と思い入れの強い作品だと思いますが、ここまで続けられた原動力を教えてください。
監督:30年前といえば助監督をやっていて有名でも何でもないときですが、「映画を作りたい」とか「何かを変えたい」という思いは、ギロチン社の青年たちとつながっていた部分がありました。それに、僕はピンク映画を作っていたこともあり、エロ目線で見られてしまう状況のなかで闘っている女相撲の女性たちが自分や女優さんたちとオーバーラップしたところもあったんです。いまでも僕が作っていたような映画はひとつ下に見られることがありますが、自分にとっては映画の前ではどんな映画も平等。そういう気持ちがあったので、「この企画だけは実現させたい」という思いがずっとあったんだとは思います。
――東出さんはどのようにして現場でのモチベーションを維持していますか?
東出:作品によってもさまざまですが、今回についていえば、クラウドファンディングで資金を集めたこともあり、普段では言えないようなセリフを言えたり、普通をぶっ壊していくことができたりしたのが、この作品の魂だと感じられました。それはすごくうれしかったですし、役者としてのモチベーションになりましたね。
第一線を走る2人にとっての原動力とは?
東出:ところで、実は僕も監督に聞きたいことがあるんですけど、撮影や編集では何回も同じことを繰り返すと思いますが、映画制作の現場のなかで童心に帰れるくらい楽しい瞬間ってあるんですか? というのも、僕が思う純粋に楽しい瞬間というのは、子供の頃遊んだ缶蹴りで、缶に向かって走っていくときだったりするので(笑)。
監督:まあ、楽しいというのとはちょっと違いますけど、やっぱり現場は面白いよね。特に俳優部の芝居を見ているときかな。というのも、それは初めて目の前で見られるものだからね。そういう意味では、撮影しているときかなと思います。
――では、いまの東出さんにとって、子供の頃の缶蹴りに値するものは何ですか?
東出:実際に缶に向かって走っていくシーンがあれば面白いんですけどね(笑)。でも、いまは仕事だからがんばっているという部分はどうしてもあるとは思います。それに僕はまだキャリアが7年目なので、監督のように30年間ずっと情熱を持ち続けるというのはすごいことですよね。
監督:でも、あっという間だよ(笑)。
――東出さんも今年で30歳を迎え、いまでは父親にもなられましたが、そういった心境の変化が仕事においてプラスになる部分はありますか?
東出:それはあると思います。特に家族の死を経験したことがあるからこそ、家族がいなくなることの悲しさがわかるように、子を持つことによって親の気持ちにより近づける部分はあるのかなと感じているからです。とはいえ、与えられた台本と役柄は必ずしも僕自身ではないので、足りないところは自分で補てんしていくことになりますし、あとは日々勉強だと思っています。
――監督から見て、東出さんの魅力はどのようなところだと思いますか?
監督:実は東出くんはすごく男っぽいところがあるんですよ。それは東出くん本人のキャラクターの部分ですが、そこが今回の中濱鐵に近いものがあると思いました。なかでも映画『クローズ EXPLODE』での不良役を見たときに様になっていてかっこいいなと思い、これならできると感じたんです。僕に言わせれば、そこが彼の大きな魅力ですね。
――東出さんにとって、瀬々監督の現場で印象に残っていることはありますか?
東出:監督は役者を信じてくれるので、僕たちものびのびと演じられましたし、だからこそエモーショナルな域にも達することができました。今回はワークショップや勉強会をしたり、女性陣は大学の相撲部で合宿をしたりと、事前にいろんな蓄積をして現場に入りましたが、役作りに関しても全部手伝ってくださって、いい現場だなと思いました。あと、映画監督には小津安二郎タイプと溝口健二タイプがあるそうで、小津タイプは落ち込んだ背中を撮りたいときには足元に障害物を置いて、それをよけながら歩いているところを撮ることで落ち込んでいる姿を撮影するそうです。確かにそれもひとつの方法だなとは思うんですけど、役者を信頼してくれる溝口タイプの瀬々監督の場合は、目を血走らせながら、「行くぞー!」みたいな感じで、僕たちの気持ちを信じてくれてるところが出発点なので、役者としてはすごくうれしいですよね。
苦しいなかで支えとなったのは周りの力
――そんな監督も長年の思いを貫くまでにはいろんな困難に見舞われたと思いますが、それを乗り越える支えとなったものは何ですか?
監督 出資者の方をはじめ、人に支えられたのが大きかったですね。その一方で、自分の思いとしては、最初に映画を作ろうとしたときの初期衝動がいまも続いていて、それが形としてこの映画のなかにはあるなというのも、完成した映画を自分で見たときに感じました。今回はそういうところがひとつの起爆剤になっているとは思います。
――東出さんはそういう監督の思いを感じることはありましたか?
東出:出来上がった映画を振り返ったとき、過激な作品だけど、現場の空気が温かかったのはなんでだろうと思いました。そんなとき、国際情勢のことについて書いている大学教授の方の文章のなかに、「報道では、勝てば官軍だけれど、弱者が行動を起こすとテロリストと見なされてしまう。でも、私は爆撃を受けて最前線で泣いている人たちに寄り添って物を書く」というのを目にしたんです。そのときに、この映画も一番の弱者に寄り添った作品であり、正解も不正解もないことに気が付きました。だからこそ今回の現場はあんなにも温かかったんだと思います。
――それでは最後に、劇中の女性たち同様に闘い続けるWOMAN SMART読者に向けてメッセージをお願いします。
監督:その現場に放り込まれて、四苦八苦しながらも、自分で得たものというのがやっぱり一番大きいんじゃないでしょうか。なので、臆することなく、そういうところにどんどん出て行ってほしいなと思います。
東出:僕も男としてがんばっている最中なので、エールを送るのは難しいですが、みなさんはストレスが多いなかで生活されていますよね。この映画は女性が強いので、女性は肩で風を切りながら映画館を後にできるような作品だと思います。わかりやすいストレス解消にはならないかもしれないですが、ぜひ楽しんでいただきたいです。
監督:瀬々敬久
脚本:相沢虎之助・瀬々敬久
出演:木竜麻生、東出昌大、寛一郎、韓英恵ほか
ナレーション:永瀬正敏
配給:トランスフォーマー
7月7日(土)よりテアトル新宿ほかにて全国順次公開
【ストーリー】
関東大震災直後の日本は、混沌とした状況に陥っていた。そんななか、日本全国で興行をしていたのは女相撲。そこには力自慢の女力士だけでなく、夫の暴力から逃げ出してきた新人力士の花菊や元遊女の十勝川など、ワケありの娘ばかりが集まっていた。ある日、アナキスト集団「ギロチン社」の中心メンバーである中濱鐵と古田大次郎は、女相撲を観戦。その戦いぶりに魅了され、一座と行動をともにするようになる。そして、「差別のない世界で自由に生きたい」という同じ願いを抱く彼らは、徐々に心を通わせていくのだった……。
(ライター 志村昌美、写真 厚地健太郎)
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