身近な地元の生きもの自慢、できますか
開園51年目の7月1日を迎えました。強い雨が降り続いています。天気予報を見ているとめいるほど毎日傘マークが続いています。日照時間の少なさは深刻だと感じます。本州では、クマゼミなどの分布の北上が続いているようですが、いよいよ梅雨まで本格的に北上してきているのでしょうか。
自然との関わり方の変貌を気づかせてくれる存在
さて動物園と言えば、身近に見ることのできない海外の動物たちが見られる場所。旭山動物園でも北は北極のホッキョクグマから南は南極半島のジェンツーペンギン、赤道東西方向には南米のジェフロイクモザル、ボルネオ島のボルネオオランウータン、アフリカのアミメキリンやカバ…。実に身近に気軽に地球一周の旅ができてしまいます。動物園は人の好奇心が生みだした施設ですから見たことがないものを求めたのは当然かもしれません。
では身近な生きもののことは本当に見たことがあり、よく知っているのでしょうか?皆さんも毎日の出勤などの際に、毎日少なくとも数種類の鳥たちを見ているはずです。夏になると多種の虫の声を聞いたりしていると思います。そんなの種くらい分かってるよ!と言える方はどれくらいおられるでしょうか。自然を大切にと言いますが、そこにどんな種が住んでいてどのように暮らしているのかを知らずに、何を大切にすべきなのかは分からないと思います。
近年多くの人にとってみじかで深刻な問題となりつつある野生動物との様々な軋轢(あつれき)もしかりです。皆さんおなじみのニホンジカ(エゾシカはニホンジカの亜種)、動物園で来園者の会話に耳を傾けているとシカの角は伸び続けていると思っている人が意外と多いことに驚かされます。毎年生え替わるのですよ、と伝えると「こんな大きな角が毎年生え替わるの!」と驚かれます。角が生え替わることは、彼らの暮らし方や一年のサイクルを知る上で最も重要なポイントです。彼らの暮らし方を知って初めて、私たち人間が作り替えてしまった環境や生きものとの関わり方の変貌の本質に気づけるのではないでしょうか。
身近な生き物ほど知らないことも
と言うことで旭山動物園では昔から地元の生きものたちの飼育展示に力を注いでいます。変な話ですが、もし明日キングペンギンが持ち込まれます!と聞いても慌てずに準備ができます。飼育方法など技術の蓄積があるからです。でも保護で野鳥が持ち込まれるとそうはいきません。種を調べることから始まり、何を食べているのかを調べ、強制給餌の量や回数を検討し、どうしたら与えた餌を食べるようになるかを探り…、身近な生きもののことの方が分からない知らないことが多いのです。ゾウやペンギンに比べると地味かもしれませんが知れば知るほど素晴らしい生き物たちが身近で暮らしているのです。前号で書いたシマフクロウの繁殖成功は、施設作りから始まり多様な知識経験の集積があって為し得た象徴的なできごとでした。
次ページに「シマフクロウの映像」
ところで地元の生きもの自慢、皆さんはできますか?では少し北海道自慢を…。面積7万8千平方km、世界で21番目の小さな島に様々な問題を抱えながらも500万の人と陸上最大の肉食動物ヒグマ5000頭(様々な推計がある)が共存している奇跡の島。周囲12kmの小さな島に100万羽の海鳥が繁殖のために集まる地球上唯一無二の天売島。船上から左を見ればヒグマ、右を見るとシャチが見れる奇跡の知床。世界のバードウオッチャーあこがれのシマフクロウ、オオワシ、タンチョウが同時に見れる世界で唯一の島…。少し誇大な表現のキャッチコピーになりましたがまだまだあります。ちなみに日本の美しい四季を象徴する動物はニホンジカだと思います。
共存の未来につながる動物園 目指すべき姿
僕はできるだけ毎年、知床と天売島は訪れるようにしています。野生動物たちに対する地元の人たちの理解や関係の変化、野生動物と観光客とをつなぐ観光業に関わっている人たちのスタンスの変化や葛藤…。すごく大切なことを学ばせてもらっています。今年も先月知床に行ってきました。途中、地元の方々がシマフクロウの保全活動を行っているコロカムイの会も訪ねました。コタンコロカムイ、アイヌの人たちが村の守り神として共存していた時代を彷彿(ほうふつ)とさせます。特別な存在なんだけど日常の中でお互いが緊張せずに共存しています。知床はやはりまずは知床財団。日本で唯一銃を持ち保全活動を行っている組織です。自然界と人間界の折り合いを探りバランスをはかっています。世界自然遺産知床の様々な調査研究、観光客や地域の人たちの安全確保、野生動物との関わり方の教育活動…。さらには環境省元レンジャーや元漁師さんが行っている観光活動。皆さん未来を真剣に考えています。
今回もたくさんの刺激をもらいました。動物園だからこそ具体化できること、伝えられることはまだまだあります。と言うかまだまだ未熟すぎます。人といきものたちとの関わりの最前線で様々な形で頑張っている人たちの活動を、より多くの人に知ってもらうこと、気づいてもらうこともできるはずです。共存の未来につながる動物園、やはりこれが目指すべき動物園像なんだと思いを新たにしました。
1961年旭川市生まれ。酪農学園大学卒業、獣医の資格を得て86年から旭山動物園に勤務。獣医師、飼育展示係として働く。動物の生態を生き生きと見せる「行動展示」のアイデアを次々に実現し、旭山動物園を国内屈指の人気動物園に育てあげた。2009年から旭山動物園長。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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